2012/4/20

本「上野先生、勝手に・・・  本・文学

上野千鶴子 古市憲寿「上野先生、勝手に死なれちゃ困ります 僕らの介護不安に答えてください」
(光文社新書)

60代東大名誉教授上野千鶴子と、20代気鋭の東大院生「絶望の国の幸福な若者たち」で知られる古市憲寿の対話。


対話であるから読みやすい。上野さんの明快な分析に「あぁそうだったのか」と思い、一方で「気楽なことを言いやがる」とムカッとしたりする。

「おひとり様の老後」を読んだ時も同じような感想だった。

私の興味を持ったところのみ、記す。

(1)団塊の世代vs若者について、こういう見方もあるのかと思った。

※団塊の世代が既得権を手にしたまま老後に入っていく、若者は割を食っているという一般的な見方について

(私のこのチンケなblogでさえ、団塊の世代が「食い逃げする」と非難のコメントを寄せる人がいるからねぇ)

これについて二つに分けて考えている。

@年金
年金は拠出と給付のバランスだから、出さないやつ(若者)に文句を言われる筋合いはない。
団塊世代は営々とお金を拠出して、それより上の世代を支えてきたんだから、当然の権利がある。

と言ったうえで、
少子高齢化によって拠出と給付ののバランスがくずれているなら、拠出に応じた給付の減額をすればよい=制度設計の問題

A成長経済のパイの分け前を得た団塊の世代は、割がよかったという意見。

戦中世代に比べれば、戦後生まれはラッキーだった。しかし、世代間移転っていうことでいえば、団塊ジュニアの方がはるかにラッキーだった。もっとも恵まれた生活をしたのは団塊ジュニア・若者たち。(高い生活レベル、高学歴、日本の国際的地位向上etc)。

ただ、雇用の問題は、若者にとって深刻だ。しかし、それは、世代間格差でなくて、既得権益からの排除だという。既得権益から、ずっと排除されてきたのが女。それに若者が加わったということ。

雇用崩壊は90年代からのわずか20年間で起きた。日本の財界・政界、労働組合の共犯による。

しかし、この雇用崩壊を招いた小泉改革を支持したのは若者だった。一つは小泉改革を熱狂的に支持することによって、もう一つは無関心によって(若者の投票率の低さ)

もう高度成長時代のような右肩上がりの時代は来ない。パイの分け前はない。若者が考えるべきなのは、このシステムを維持したまま椅子取りゲームを続けるのか、それともシステム全体を変えていくかということ。「既得権益からの排除」に対しては異議申し立てをしなくてはいけない。

「どうしたらいいでしょう?」という質問に対して、上野「実際に現場で見てきているのは、草の根でこつこつと変化を起こしている人たちなの、小さな変化よ。でもそれを起こしている人たちが現にいるっていう手ごたえがある。」

古市「若者に社会貢献意識はある。社会に役に立ちたいという思いはカンボジアや被災地には向けられるけれど、自分たちの集団には向かない。自分たちの社会の足元を変えようという動きにはならない」

それが「不安はあるが、不満はないという若者の現状かもしれない」。

う〜ん。社会を変えたい者は、むしろ、橋下維新党へ行ってしまうのか。椅子取りゲームをまだ続けたいのか。

(2)団塊の世代の前の世代について

古市が「今の日本は団塊の世代が作ってきた年功序列・終身雇用っていう仕組みに足をすくわれている」と言ったことに対して、上野は「その仕組みを作ってきたのは団塊世代ではなく、その一つ前の世代」と冷静に指摘する。

若者は団塊の世代(数量)に圧迫されていると思うだろうが、その前の、そのまた前の世代のことを知らない。

一つ前の世代の家父長制的、封建制的な壁は厚かった。ロック、学生運動はそれへの世代的な反発でもあったが、団塊の世代のほとんどが「いちご白書をもう一度」で、体制と妥協していった。
(音楽やファッションなど文化的なものは残っているけれど)。

***
上野:「自分がしてもらえなかったことを子どもにはしてやりたい」っていう子どもとしてのルサンチマンだけがあって、それが自分の子どもへの代償欲求として出てくる。
***
この指摘はわかる。同じことを裏返していうと、自分がやられて嫌だったことは子どもにはしたくない、ということでもある。(だから甘い親とも言える)

ルサンチマン:弱者が強者に対する憎悪や復讐心を鬱積させていること(ニーチェ)。

明治生まれの祖父母、戦中派の父母は強者だった。団塊の世代の人間だったら、それは骨身に沁みているだろう。

(3)少子化対策を何故しなかったか。
上野説:
日本の保守政治家が日本の「家族制度」を死守したかったから。家父長的、男性優位社会の維持が大切だったから。

また、長期的合理性で考えれば、安定雇用こそが少子化の歯止めになり国家の利益になるのに、日本の経済団体は短期的合理性でしか経営を考えていないから、労働力を使い捨てにする。

本書は「介護保険」についても、論じているが、この論点は割愛。2点だけ、へぇと思ったこと。

@介護を誰に頼みたいか、で今や「嫁」は最下位とのこと。
A介護保険は介護される方ではなく、介護する「家族」が強く望んでできたこと。

上野さんのあとがきに共感。

「私たちは、原発をやめさせることもできず、ジェンダー格差をなくすこともできず、階層格差と貧困が拡大するにまかせ、今日の体たらくを招いてしまいましたが、だからといって座視していたわけではないのです。

私たちは社会を自分たちの望む方向へと変えられなかったおのれの非力を嘆きますが、それでも私たちの中には、原発の今日を予想していた者も、その阻止のために闘った者も、ジェンダー公正のために声を上げた者も、草の根の互助のしくみを作るものも、いたのは確かです」

どの部分にムカっとしたか、は内緒です。
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