2012/4/22

iphoneで「虞美人草」  本・文学

ipadに「i文庫HD」をインストールして、漱石「虞美人草」を取り込んだ。だが、ipadを持ち歩かないので、そのままになっていた。家ではなかなか電子書籍を読むチャンスがない。

そこでiphoneで読めないか?と思って、「豊平文庫」をインストールしてみた。そして同じ「虞美人草」をダウンロード。

通勤の行き帰りに読んだ。この、スマホで読書、いいですね。

読書に熱中して、一駅乗り過ごした。こんなの久しぶりだ。

スマホでは表示できない漢字もあるが、ま、そういう漢字は表示できていたとしても、こっちの理解力がないから、あんまり関係ない。

漢文調、美文調は決して読みやすくはないが、おおよその見当をつけて読み進めば、それほど苦にもならない。

明治の風俗(特に着物、家の作りや調度)が目に浮かばず、想像力を働かすことができないのが残念だった。その和服の生地の意味することがどうなのか、その掛け軸の趣味はどうなのか、当時の人だったら、それだけで人物の人となりを理解できるようなアイテムの意味がわからない。

逆に、「こういう人だから、その和服は地味なのだろうなあ、とか、実用重視なんだろうなぁ」と想像する。掛け軸も「その人だから趣味がいいのだろう」と推論する、と言う調子。

が、「唐紙」「羅宇」なんて言葉が出てくると、思わず祖父母のことを思い出したりした。日常語だった。

感想はですね、「錦繍の文体で飾った大がかりな失敗作」(三好行雄)「近代化した馬琴」(=旧式な道徳に縛られた勧善懲悪物語)(正宗白鳥)という評価に納得。

(そもそも甲野さんがわからない。漱石の主人公によくある、このタイプは、私にはずっと謎)

一番の違和感は藤尾憤死の場面ですね。唐突だったし、小野さんの心変わりもあんまりにあっさり安易だった。描き方が足りない。

何より、今の時点(=21世紀)で思うのは、何故寄ってたかって大の男が「藤尾」を糾弾しなければならないのか?だ。


漱石は「あいつ(=藤尾)をしまいに殺すのが一篇の主意である」と書簡で語っている。

漱石ってなんて奴!と怒りたいが、それほど単純に言えないのが漱石かなとも思う。

NHKBSで放送した「『虞美人草』殺人事件」が思い出される。小倉千加子さんの言葉がよみがえるのだ。(以下、例によって記憶だけで書きます)
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「藤尾」は、漱石が大英帝国留学時、圧倒されたイギリス中流女性の姿であろう、これから日本が発展するにつれ、あんな女たちが生み出されて来たらとんでもない。女の理想像は「清」(坊ちゃん)。

が、漱石が女であったら、「藤尾」になる。決して「小夜子」にならないだろう。漱石は書き進むにつれ、「藤尾」の生き難さも感じていったのではないだろうか。
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別の解説で読んだのだが、藤尾は死ぬことによって、忘れがたいヒロインとなったとも言えるそうだ。殺すはずが逆に、より強い存在として生き残ってしまったということか。

「女が素直に成長すれば、藤尾になるんです」。小倉さんの、この言葉を耳にしたとき、ふいに涙ぐみそうになった。そう思う。

漱石論は山ほどあって、もっとちゃんと読んでからでないと軽はずみなことは言えない。「藤尾を殺す」と言った意味は考えていきたい。

虞美人草の後は「倫敦塔」をダウンロードして読んだ。次いで斎藤茂吉の「万葉秀歌」。これは少しずつ読む。次は、安吾か、荷風の作品を入れようと思っている。何がいいかな?
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