2014/4/6

Philomena  映画

雨の日。花見もできないので、映画を見に行くことにした。翌日で上映終了になってしまう「あなたを抱きしめる日まで」(原題 Philomena)。

ポイントカード会員の特典「エグゼクティブシート」が予約できた。

映画館に入ると、シニア女性中心に満席だった。

邦題はちょっとお涙頂戴的で好きではないが、原題の「Philomena(フィロミナ)」では内容がわかりにくい。地味な内容だし、これで良いのだろう。

話は、(Yahoo映画より)「10代で未婚の母となり幼い息子と強制的に引き離された女性の奇跡の実話。50年前に生き別れた息子との再会を願う母親フィロミナと、彼女の息子捜しを手伝う元エリート記者の旅はアイルランドからアメリカへ、そして…」。彼女の願いは叶うのか。

ジュディ・デンチがアイルランドの信心深い純朴な主婦を演じる。007の上司Mやエリザベス一世とは全く違った役柄だ。だが、演じ方を特に変えている風でもなく、そのままの佇まいで、田舎の庶民を自然に演じてしまう。

車を運転中の記者に飴を上げたり、通俗小説のあらすじを延々と話したり、レストランの給仕に世間話を話しかけたり、ホテルの朝食=ビュッフェスタイルに興奮したり、何事も自分の周囲の人の「例」でしか説明できないとか、この辺は、日本の「おばさん」と全く変わりない。この細かい描写が後々生きてくる。

気持ちも様々に揺れ動き、「行く」と言ったり「帰る」と言ったり、「やる」と言ったり、「やめる」と言ったり、記者を振り回す。だが、その心の動きがまた自然なのだ。脚本と演技力のなせる業。

元記者も、住む世界の違いに辟易しながら(馬鹿にしながら)、旅を続けるうちに、その純朴でありながら、芯の通った倫理観に段々敬意を抱くようになる。この記者の心境の変化も自然に描いていく。これも脚本と演技力。

道徳を振り回すものが不道徳で、不道徳と糾弾されたものが道徳的である。「きれいはきたない、きたないはきれい(マクベス)」という言葉を思い出した。

(カトリック修道女の偽善に、曽野綾子を思い出しましたねムカッ

映画終了の頃は、周りからすすり泣きの声が聞こえた。

アイルランドの修道院での著しい人権侵害については映画「マクダレンの祈り」でも描かれたそうだ。

ジュディ・デンチは皺だらけだし、ずんぐりむっくり。でも背筋が伸びてすてきだ。シニア女性たちの星というか、憧れだと思う。

今年のアカデミー賞主演女優賞に輝いたケイト・ブランシェットがスピーチのなかで、候補になりながら映画のロケのために授賞式を欠席したデンチについて、尊敬をこめた言葉を送っていた。世界的な女優さんたちの憧れでもある。

アカデミー賞と言えば、この映画のモデルであるフィロミナさんも授賞式会場に招待されていて、中継中に紹介されていた。年齢よりも若々しく見えた。

もう上映館は限られているが、機会があったらぜひご覧になってください。DVDが出たら、これもお勧めします。

原作はこれ↓ ↓



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