2014/5/20

飛騨高山  旅・散歩

白川郷から、飛騨高山へ。

高山方面に向かうと、乗鞍岳、焼岳、穂高連峰、と見えてきた。

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ホテルの窓から、穂高連峰、左端に槍ヶ岳。

この右側には焼岳、乗鞍岳、左側には笠が岳、双六、三俣蓮華、黒部五郎。素晴らしい眺めだった。高山で北アルプスが見渡せると全く思っていなかったので、嬉しかった。来てよかった。

高山では高山屋台会館で、高山祭の屋台を見学。秩父の夜祭も京都祇園、高山、と並んで三大曳山祭りと言われるが、高山の方がずっと洗練されていて、優雅だった。秩父は山の民の祭りなので、荒々しい。

高山の昔の街
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ほとんどが商店。お土産物屋さん。ここも国際色豊かだった。

ホテルも中国人観光客がバスを連ねてやってきていた。マナーも良いし、旅慣れている感じ。中国人が来てくれなかったら、白川郷も高山も観光に大打撃だ。仲良くしよう。

高山で一番面白かったのは陣屋の展示。

wikipediaによると
高山陣屋(たかやまじんや)は、江戸幕府が飛騨国を直轄領として管理するために設置した代官所・飛騨郡代役所(陣屋)。

建物の見学では「お白洲」が興味深かった。拷問道具があった。

展示では塩硝石(硝酸カリウム)の製造法、生産地、販売ルートの展示が一番勉強になった。硝石は火薬の原料だ。これが五箇山や白川郷で取れたという。

昔、秩父の歴史で、古い寺の床下から火薬材料が取れるという話を聞いたことがある。これのことだったのか、と納得がいった。

高山の歴史展示では「大原騒動」(農民一揆)を初めて知った。

⇒wikipedia「大原騒動

明和騒動、安永騒動、天明騒動の3つがあり18年にわたる騒動で、悪政を敷いた郡代の名前を取って大原騒動と言われている。安永騒動では4人磔、7人が獄門、打ち首数名、入獄死12名という凄惨な結末だった。

どの騒動の時かわからないが、新島に遠島となった町人上木屋甚兵衛の話は童話になったり朗読劇が上演されたりしている。
http://www.shokawa.net/archives/1661

この安永騒動では大原代官はむしろ加増、また騒動に加わらなかったり寝返ったものは報奨金があった、とのことで、いつの世も施政者がすることは同じ。

ここの大原騒動の展示は史実に基づく非常に客観的なものだった。郡上八幡の郡上一揆は顕彰碑があるそうだ。だが、安倍政権の「極右」歴史観に基づく教科書が強制されるようになったら、こういう民衆運動は歴史教科書から抹殺されかねないと思った。

明治維新時の展示も面白かった。とても充実していると思った。

この陣屋の資料館は、高山城築城から明治維新まで優れた展示だと思うので、ぜひ見てほしいと思う。

白川郷も高山も、郡上八幡も清らかな水が町の用水路や堀を流れていて、気持ちが良かった。

水の美しさは日本の誇り。
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