2017/4/24

ミュシャ展  展覧会

4月の初め、国立新美術館「ミュシャ展」に行ってきた。話題の「スラブ叙事詩」を見に行ったのだ。国外で公開されるのは初めてとの事。今後私がチェコに行くことはなさそうなので、これは見ねばなるまい。

でも、なかなか感想をまとめることができなかった。今もできない。

さて、twitterで「あらかじめチケットは買っておくように」「音声ガイドを借りるように」とのアドバイスがあった。これ、本当にありがたかった。

雨の日で、当日券を美術館で買おうと思ったら、傘を差して並ばなければならなかった。「最後尾はこちら」のプラカードを持った係員がいた。かなりの行列だった。

チケットを持っているので、すっと中に入れた。で、初めて音声ガイドを借りた。

大きな絵なので音声ガイドを聞きながら、遠くから見ることができた。そうでないといちいち絵の横まで行って解説を読まなくてはならなかった。それに、番号を押せばその絵の解説を聞けるので、絵の前が混んでいたら、空いている方へ行ってガイドを聞きながら見ることもできた。

しかも、ナレーションのバックミュージックが「モルダウ」。

展覧会に行く前「芸術新潮」を買って予習しようとした。しかし、絵の写真がわかりにくくて、説明文が絵のどれを指しているのかわからず、例えば「絵の中央の白馬」が見つけられない。??で読むのをあきらめてしまった。

実際に絵を見ると、そんなことはなくて、よくわかりました。「白馬の上で息絶えそうな青年」「その上に立つ死神」もはっきりわかった。

で、見終わった後のまっさきの感想は「画家のエネルギー量はすごいなぁ。こんな大きな絵を20枚も描いてしまうなんて」というものだ。

ミュシャの、圧政に対する自由への希求、他国支配からの独立を求める民族主義、民衆への信頼がそのエネルギーだったろう。もちろん彼の画業を援助するスポンサーもいた。

私はどうも美術、絵画、アートについて理解する能力に欠ける。つまり絵そのものより、スラブ民族の歴史とか地理とかに関心が向いてしまうのだ。

スラブ民族の原故郷、異民族との戦争、キリスト教、カトリックと宗教改革、宗教戦争、そして自由と民族の自立、「ナショナリズム」、民衆の力、そんなことばかり考えていた。

中世は「宗教」ばかり。宗教対立は血なまぐさいのう。

絵自体は、なんとなく、土(つち)色っぽいというか、ぼんやりした感じが多いように思った。

「芸術新潮」の解説によると、点描、印象派的塗り方、現代絵画っぽい技法も試しているそうだ。

アートとしては、サラ・ベルナールの有名なポスターの方がいいなぁと思ってしまう。商業デザイナーとして今でも大いなる影響を与えていると思う。ビスケットの缶のデザインなんか、「こんなの見たことある」と思ってしまう。

ミュシャはその民族主義が問題とされ、ゲシュタボに連行され、その4か月後に亡くなった。ナチスは本当に許せない。

この大作が現在展示されているプラハのヴェレトゥルジュニー宮殿に戻されたのは、2012年、つい最近のことで、それまでミュシャの生まれ故郷近くの城に置かれていたという。

ともかく、東京で、この壮大な作品を見ることができて、幸運だった。
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