2018/7/19

無言館  旅・散歩

ずっとずっと行きたかった「無言館」に行ってきた。

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戦没画学生慰霊美術館。

文字通り、戦争で亡くなった学生たちの作品を展示している美術館だ。

猛暑の夏、ここまで来る人がいるのかな、と思っていたが、30人以上の方が絵を鑑賞していた。若い人が多くて、幼児連れの家族もいた。とても良いことだと思う。

無言館に収蔵されている画学生は130名。

学生は20代の方が多い。

どれほど絵を描きたかったろう、無念だったろう。

家族や風景を描いたものも多い。りっぱな大きな作品から、小品まで。油絵、日本画、工芸。家族が保存していたので傷んだ絵もある。

妻や恋人のヌードは、プライベートなものかなと思ったりした。高麗峠から武甲山を描いた絵もあった。当然武甲山は緑に覆われている。

戦地は中国から南洋まで広い地域だ。

大正一桁の人たちなので、私や夫の親たちとほぼ同世代だ。そして私たちの父親たちは中国や南洋に行っている。つまり、紙一重で生き残ったのだと思った。

これらの絵を何十年も大切に持っていた家族たちを思うとその悲痛な思いがわかる。絵の説明には絵を守り続けた人として、妻や妹、母親、女性たちが多い。それもわかる気がする。

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慰霊碑「記憶のパレット」

この慰霊碑に赤ペンキが掛けられたことがあった。そんなに戦争をしたいか、平和が嫌か。

そのことを忘れないように入口の絵筆をはめ込んだ碑には赤ペンキがかけられている。

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「あのペンキは何だろうね?」と言いながら通り過ぎる人たちがいた。そう思わせるだけでもこの碑の価値がある。

私はペンキ事件は知っていたので、この碑の赤ペンキが事件のものかと思った。でもあんな高いところに嫌がらせではペンキはかけられないなと不思議に思った。が、調べてみて、最初の器物損壊事件はあの石にかけられたと知った。

碑の赤ペンキの説明、

「壁画を汚している赤いペンキは2005年6月18日実際『無言館』の慰霊碑にペンキがかけられた事件を『復元』しました。『無言館』が多様な意見、見方のなかにある美術館であることを忘れないためです」

この碑の後ろには

「画家は愛する者しか描けない
相手と戦い、相手を憎んでいたら
画家は絵を描けない

一枚の絵を守ることは
『愛』と『平和』を守るということ」

を刻んである。
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