2018/8/24

21日の記事に補足  サッカー(マリノス)

名古屋戦に引き続き、鹿島戦でも敗北。厳しい状況のマリノス。

8月21日の記事に、かなりマリノス批判の記事を書いた。

ただ、私はその中で、監督解任は言っていない。なぜなら、今解任しても、良いことはないと思うからだ。引き続き頑張ってもらいたい。

その記事で「私の愛したマリノス」と書いたけれど、それは例えば、どんな時と言えばよいのかな、と自分でも考えて、過去の記事をちょっと読んでみた。

そしたら、2004年の大晦日の記事があって、こういうことなのよ、と思った。

サッカー今年のまとめ 2004.12.31

「最後に横浜F・マリノス、ありがとう!」と書いてある。

そして、
2014年1月2日の記事「優勝したよ!天皇杯

ついで
2014年1月4日の記事「2013年サッカーまとめ(1)

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強烈に印象にあるのは、9月21日の「清水戦」だ。

ゴール裏から「俺達は俊輔と優勝したい」の弾幕が出されて、その後、俊輔のゴールが決まり、俊輔が何度もガッツポーズをしたあの時間。

まるで魔法がかかったみたいな、濃密な、選手・サポーターの「念」というか「想い」が立ち込めているような時空間だった。
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そして
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J2やJFLから広く人材を得たのもここ数年のマリノス強化部の功績だと思う。

その強化部や、メディカルスタッフがマリノスから去る。それはそれぞれのステップアップだと思いたい。ありがとうございました。

それと、マリノスサポーター、リーダーのひろあきくんを始め、ゴール裏の多くの皆さんに感謝したい。一時、サポ間・ファン間でもギクシャクした時もあった。会社にも不信感を抱いた時もあった。

でも、今はここ数年になく、応援も充実し、皆の気持ちが一つになった。本当にありがたかった。
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2014年1月5日の記事「2013年サッカーまとめ(2)

これは主に俊輔についての記事。

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昨年は本当に俊輔の一年だったなぁ。素晴らしいプレーを沢山見られた。プレーという狭い範囲だけではなく、闘う気持、闘う姿、マリノス愛が、これでもか!という程見られた。幸せだ。

孫娘(三歳)もすっかり俊輔を覚えた。毛糸玉を籠に投げ入れる遊びをしていて、見事に入ると

「俊輔みたい!」

25という数字を街で見かけると、「俊輔!」と叫ぶ。

祖母の英才教育は着々成果を上げている。
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そう、こういうマリノスを見て来たからね。つい、言いたくなってしまうのよね。

再び、「私のマリノス」と言えるようになりますように。マリノス、「会社の方針」や「試合内容」が納得のいくものでありますように。

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