2018/12/27

テレビで  本・文学

朝テレビを見ていたら、NHKBSプレミアムで「白洲正子」を放送していた。

1日目は「かくれ里」。手元に本がないので、うろ覚えで書くけど、「街道からは外れているが秘境というほどではない小さな集落」、「そこでは村人たちが仏を守っていたりする」

そうそう、その村人たちが「お寺」や「ほとけ様」を大事に守っている、というのは「小浜⇒琵琶湖周辺・観音の里」を旅した時に、強く感じたこと。

2016年若狭・近江旅行9月30日の記事 と10月1日の記事

これを白洲さんはもう何十年も前に書いていたんだなぁ。本を読みたくなったが、このテレビ番組の影響か図書館では数名の予約が入っていた。

出てきた地名、メモ代わり。

菅浦、琵琶湖東岸・石塔寺、西岸・西教寺石仏群、栗東市金勝山独坂磨崖仏、国見岳(採石場の跡?)
近江小椋谷、永源寺、蛭谷君が畑・大皇器地租神社、百穴古墳群、今津から北国街道、竹生島、湖北大音、木之本、己高山

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「村人たちが守っている」というのは2016年に己高山「石道(しゃくどう)寺」へ行った時の記事でもわかる。リンクしてある2016年10月1日の記事。
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「受付に人の姿が見えないので、覗くと横になっておられた。すぐに対応してくれて、お堂の戸を開けてくれ、お厨子も開けてくれた。

重要文化財十一面観音像。檜一木造り、色彩がよく残っている。

こちらのお寺は真言宗長谷寺の末寺。しかし、お寺を守っているのは村の方で、「私たちは浄土真宗、本願寺さんの門徒なんです。年に3回くらい長谷寺系統のお寺からお勤めに来ていただいています」とのこと。純朴、朴訥な感じの方が話してくれた。このあたりも高齢化で、この先お寺を守っていけるか心配ですとおっしゃっていた」

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近江八幡、三上山、水口・大岡寺(芭蕉、伊賀から京都へ向かう途中立ち寄る。旧友と再会)

芭蕉「命二つの中に生きたる桜かな」

若狭湾 神子(みこ)、神子桜海上から見ると良い。

鞍馬越え、原地(はらち)の火祭り=松上げ祭り、花折峠、
安曇川、葛川妙王院 相応和尚 不動明立像

2日目、西行と明恵
西行の歌
番組紹介順
心なき身にもあはれは知られけり 鴫たつ沢の秋の夕暮れ

年月をいかでわが身におくりけん 昨日の人も今日は亡き世に(親友の死)

面影の忘らるまじき別かな 名残を人の月にとどめて(愛する人との別れ)

数ならぬ心の咎になし果てじ 知らせてこそは身をも恨みめ

青葉さへ見れば心のとまるかな 散りにし花の名残りと思へば

ふりにけり君がみゆきの鈴の奏は いかなる世にも絶えず聞こえて

なみだおば衣河にぞながしける ふるき都をおもひいでつつ

とりわきてこころも沁みてさえぞ渡る衣河身に来たる今日しも

待ちきつる八上の桜さきにけり 荒くおろすな三栖の山風

何事のおはしまするか知らねども かたじけなさの涙こぼるる(西行の歌かは疑わしい)

年たけてまた越ゆべしと思ひきや 命なりけりさやの中山(69歳の歌 40年前に越えた中山)

風になびく富士の煙に消えて ゆくへも知らぬわが思ひかな

ねがはくは花の下にて春死なむ そのきさらきの望月のころ

吉野山梢の花を見し日より 心は身にもそはずなりにき

73歳没。60代後半で平泉までの旅をするとか信じられない。あの時代の旅は苛酷だったろう。たまげてしまう。義経も鞍馬から平泉に行き、平泉から頼朝のもとへ駆けつけ、そして壇ノ浦まで行ってしまうことを考えると、昔の人は平気だったのだろうか、と幼稚なことを考えてしまう。

「ゆくへも知らぬわが思ひかな」「心は身にもそはずなりにき」という言葉、今も実感としてわかる。啄木の「空に吸われし十五のこころ」にも通じるような。

この番組では、「西行の歌は中世の歌の源流」「『さみしい』を初めて歌のテーマとした人」「孤独の人生を選んだ人」と言っていた。

吉野の西行庵、と鴫立つ庵は行った。

辻邦生の「西行花伝」は読んだけれど、今一つピンと来なかった。この番組の西行像は分かりやすかった。

白洲正子さんの本を読まなくては。
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