2019/2/21

82年生まれキム・ジヨン  本・文学

今話題のチョ・ナムジュ著「82年生まれ キム・ジヨン」(筑摩書房)を読んだ。



ヘイト本を極力置かないようにしているくまざわ書店が近所にあるので、注文した。1週間くらいかかると言われたが、2日程で届いた。

アジアの小説としては異例の8万部の売れ行きだという。新聞各紙でも書評が載っている。(韓国では100万部のベストセラー)。

表紙は女性の顔だが、特定の顔ではなく、顔の部分には風景がはめ込まれている。「キム・ジヨンは私だ」ということだと思う。

主人公は82年生まれの女性なので、ウチの娘たちと同世代と思う。

書かれている内容は主人公の親世代の私も身につまされることばかりだ。女性差別は変わらない。

本当に「こういうの、あった」「ひどかった」「許せなかった」と心が痛くなることばかりだ。

そうだ、そうだったと思うエピソードは沢山あるが、

学校の前に度々出没する露出狂を学年の「不良」少女たちがつかまえて突き出したのに、とがめられたのは少女たちだったというエピソードはほんと悲しくなった。

この小説で、私世代と一番違うのは「働く女性」が直面する差別問題だ。

何故なら私たち世代は必ずしも民間企業で働くことが一般的ではなかったからだ。

男女雇用機会均等法もなかった。民間企業には結婚退職制、30歳定年制があった。就職しても事務補助がほとんどで「職場の花」と言われた。「腰かけ」とか。

同級生で働き続けられたのは地元に残った教師、公務員、医師、看護師、薬剤師位だ。親(実家、婚家)の援助が得られる人たちだった。(それでも続けられない人ももちろんいる)

家を離れて、横浜で働こうとすると、保育園も少なかった。私立保育園は高かった。給料に見合わなかった。近所で働き続けた女性は配偶者が教員、公務員、自由業だった。民間企業の人はほとんどいなかった。配偶者が民間企業の場合は女性の実家が近い人だった。

というわけで、「キム・ジヨン」との世代差は働くことよりも専業主婦になることが、そもそも働く場所がない、子育て援助もない以上、『最適』な選択だったという点。

そして、団塊の世代の女性たちはM字型と言われる働き方でパート、自宅アルバイトをした。されに経済的余裕のある女性はボランティアで福祉、地域活動を支えた。

それはまだ日本が高度成長時代の名残りがあって、働き手が家庭で一人でもやっていける時代だったからだ。

しかし今は違う。専業主婦家庭よりも共働き家庭が多い。女性が働くのは当たり前だ。

「キム・ジヨン」を読んでいて、大学まではまぁ、同じような差別があったなぁ、それ自体、とても悔しいし、許せないことだ、しかし、企業に入ってからの差別はきつい。子どもを持ってから、特に矛盾が押し寄せる。

本当にね、働く女性たちは様々な差別に直面する。過労死された女性たち、努力して高学歴を手に入れ、やりたかった仕事を手に入れたのに、そこで女性差別(待遇差別、賃金差別、セクハラパワハラ)に見舞われて身も心もすり減らして行った。

仕事ができなくても男性は最初から総合職になり、賃金はずっと上、昇給もする。しかし、女性は総合職の募集自体少なくて、大多数一般職、どんなに仕事ができても、給料はある程度から上がらず、昇進もない。「女性が輝くなんちゃら」と言われても差別の実態は変わらない。

親戚の女性は転職をしたが、老舗企業の子会社は無能なオヤジ達のたまり場になり、旧態依然、労働条件や賃金はよくなったが、ばかばかしくなり1年もたたず転職してしまった。能力ある女性が力を発揮できないなら日本企業が衰退し続けるのは当然。

というわけで、キム・ジヨンの祖母、母親の受けた女性差別、キム・ジヨンが直面した女性差別、どれもこれも身につまされすぎる。

「キム・ジヨンは私だ」と女性たちが叫び、共感するのはよくわかる。こうやって言葉に、文章になることで、自分たちを取り戻すのだ。

よく売れているので、書店には置いてあると思います。ぜひ、お読みになってください。
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