2019/11/29

「チェコへの旅」  本・文学

先日、小森陽一、金平茂紀、辛淑玉「加藤周一、米原万里と行くチェコの旅」という本を読んだ。

もう図書館に返してしまったので、その時tweetしたものを載せておく。



tweetが上手く貼れないので、言葉だけをコピー&ペーストする。
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「60年安保以来大きな組織は解体されたが、持続的にやろうとした人たちの小さな組織はたくさん残った」「一人ひとりの自立した個人の運動が大事」とか。68年チェコ「プラハの街頭に相対していたのは、圧倒的で無力な戦車と、無力で圧倒的な言葉であった」とか。

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「プラハの街」というのは1968年夏、「プラハの春」を押し潰すためにソ連軍などが戦車でプラハに侵攻した時のこと

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韓国の人達の言葉「軟弱だと思われていた日本の人たちが2015年に国会を取り囲み、野党共闘を実現したことに学んで、2016年にパククネ大統領を辞任に追い込むことができた」。キャンドル革命はすごいと思っていたけれど、あの時国会前にいたことも、こうして繋がっているのだな

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そして加藤周一さん達が立ち上げた「9条の会」は最初から高齢者運動が基本方針だったとか。だから街宣右翼が「ジジイとババアばかりじゃねえか」と集会の周りで罵っても「そうだよ、それが何か?」ってことなんだね。

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小森陽一さんは同じ時期チェコにいた。この本を読むと、米原さんの知識量・読書量の半端なさにただただ驚く。

金平さんはモスクワの特派員に派遣される前に米原さんにロシア語を習ったという。飢え死にしない程度のロシア語を学んだそうだ。

そして、あのロシアクーデーターの時、戦車の上に立つエリツィンなどをモスクワから報道し続けたそうだ。歴史の目撃者だ。米原万里さんは東京から駆け付けて同時通訳をし続けたという。

加藤周一さんの文章や言葉、もうこういう言葉を綴れる文化人はいないのかもしれない。

そして米原万里さん、本当にもったいなかった。私と同年齢。もっともっと生きていてほしかった。プーチンにされるがままの日本ではなかったろうと思う。

でも、こうして彼らの言葉や業績を語ってくれる人々がいる。これを後の世に残していかなくてはならないと思う。

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