2020/8/3

アナ雪2全く理解してなかった  映画

家族が「アナと雪の女王U」のメイキングをYouTubeで見ていた。

一つの映画が出来上がるまでの過程がよく分かった。興味深かった。

多くの才能と技術と話し合いと粘り強い作業とでできたものなんだなぁと感服した。

それにしても、私はアナ雪2を見たはずなのに、本当に内容を覚えていないし、理解もしていなかった。

昨年も「エルサとアナは別の島にいたんだっけ?」と娘に聞いて「エルサが海を凍らせながら島に渡ったでしょ?氷の馬に乗って」と言われて、「あぁそうか」。

「お母さん、映画見たんでしょ」

私「あのさ、何故、エルサ&アナの祖父はあの人たちにダムを作ってあげたの?そして何故、裏切るような真似をしたの?」

娘「だからぁ、・・・・・(説明)、お母さん、映画見たんでしょ?」

このメイキングを見ても、

私「え?オラフって、途中で死んじゃうというか、消滅しちゃうの?」
と質問して、「そうだよ。映画見たんでしょ」

母役の人がイディナ・メンゼル(エルサ役)のあらかじめ吹き込んである歌に被せるように歌う場面を見て「あれ、エルサと母親のデュエットなんてあったけ?」と言うと

「もう〜。映画見たでしょう」

私「アナはなぜダムを壊そうと思ったんだっけ?」



映画の中で、アナが一人になってしまい、絶望の中、「目の前にある、今できることをやっていこう」と立ち上がる場面、

アナ役のクリステン・ベルが「私も鬱で苦しんでいた時、まずベットから起きよう、洗面所で顔を洗おう、そして子どもたちを起こそう」と一つ一つ、目の前にあるできることをやった。その積み重ねで鬱から抜け出すことができた。」

「だから、このアナの言葉はとても重要なメッセージなの。」

と言っていた。

この場面は記憶にあるが、そんなに重要なメッセージと思わず、漠然と見てた。

なんか、「水の記憶」とか、風の精霊とか火の精霊とかスピリチュアルな面が気になってばかりいた。

映像の洪水で、押し切られたという感じ。理解が不十分なまま勢いで最後まで行ってしまった。

本当に情けない。映画を見に行ったのに、何を見たのだろう。

でもね、制作の途中で、プロデューサーだか、えらい人が「で、結局エルサはどうなったの?」と聞いていたから、困惑したのはまんざら私ばかりじゃない。

(その方は完成版には納得していたようだけれど)

結局、アナ雪2はアカデミーのアニメ部門にノミネートされなかったから、1作目に比べると、わかりにくかったのじゃなかろうか。私だけじゃなかったと思うけど。

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