2020/8/7

旧暦の七夕  生活

うちの近所は高齢化が進み、鯉のぼりをあげる家も少なくなり、まして七夕の笹を飾る家も少なくなっている。

幼稚園は相変わらず七夕行事をしているようだ。今年入園したばかりの孫も七夕の歌(♪ささの葉さーらさら)を歌ってくれる。

うちの子どもたちが小さかった頃は小さな笹をスーパーで買ってきて、折り紙細工や短冊に願いを書いたりはした。

近所の方が実家の竹を切ってきたのを、分けてもらったこともある。切ったばかりの竹は香りがとても強かった。

私が子どもの頃は、どこからもらってきたのか、あるいは竹を売りに来た業者がいたのか、いつも門に飾るほど大きな竹があった。

短冊だけでなく、網、吹き流し、輪つなぎ、提灯など、折り紙で作って飾り付けた。

小さな街だったが、商店街ごとに七夕を飾り、優勝を争ったりした。七夕の時は夕飯を済ませてから、街に出かけて、そぞろ歩きをした。

2008年北京五輪、サッカー予選リーグで瀋陽に行ったとき、夕方街をそぞろ歩きをする人たちがたくさんいて、「あぁこういう風景を当たり前に見ていたなぁ」と思った。郷愁を誘われた。

今は、うちの近所の商店街は学校、勤務先帰りの人たちが足早く通り過ぎるだけだ。住宅街は少し暗くなると人通りも絶える。さみしいものだ。

母の子どもの頃は、七夕の時、近くの畑に子どもたちだけで出かけて里いもの葉っぱに溜まったしずくを集め、その水で墨をすり、短冊を書いたという。字が上手になるという言い伝えがあったそうだ。

そういうしきたりは私の子どもの頃はもうなくなっていた。

他にも、例えば蛍狩りもそうだ。

母は子どもの頃、蛍狩りをしたそうだ。これも子ども集団で出かけたようだ。点滅するのが蛍、点滅せず光っているのは蛇、と教えられたとか。

その蛍を蚊帳の中に放すときれいだったそうだ。

子どもが小学生だったころ、横浜の四季の森公園に連れて行ったことがある。公園で養殖しているものなのかな、公園の林で蛍がクリスマスツリーのように点滅して、それはそれは美しかった。

箱根でペンションのそばで見たことがあるが、ヘイケボタルだったので小さく、しかも少なかった。志賀高原のホテルの催しでバスで蛍の名所にも行ったが、懐中電灯の明かりの方が蛍より多かった思い出。

七夕から蛍へと話がずれたのでお終い。

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