2006/6/27

ふるさとU  大志のキモチ

こよなく愛するこの地にあとどれだけ住むことができるだろうか。
金が欲しくないとは言わないが、必要以上に欲しいとも思わない。

人間はいかにして生きていくのだろうか。
あたかも他人のように、人との交わりをできるだけ拒み、生きる根本をお金の魔力で失いそうにながら、今、その結果がじわりじわりか細いところから侵食しだしている。

やっぱり一人で生きる生き物ではないんだな、人間は。

作物を作る術を知っている人が減り、山を守り造る術を知っている人が減り、海の怖さや漁をする術を知っている人が減り、そうしてまちが減っていく・・・。

それでも、微力と知りながら、何の教養も経験の無い若造であっても、人一倍思いを膨らますのであった。

何をすべきか・・・。
そこにはもっともっと根深いことに気が付いた。
できることからはじめよう。
対症療法ではなく、いわゆる根本治療。

鎮痛剤はその時の痛みをやわらげてくれるが、根本的な原因は治らない。
なぜ、頭痛がするのか?日常生活からしっかり改善しなくてはいけないこともある。そうした体にならないように、しっかりと病気にならない体つくりをすることこそ、本当の姿を取り戻す一番の近道。

町のことも同じ。

まずは、住民自ら・苫前町自らというところから作り直さなければいけないと思う。将来の子供たち住民にとってという視点で、今という時間の中でしっかりと整理をしたい。

こうして考えてみても、地方にいるものは生活と町の形とは一身同体とも思う。都市部では考えもつかないだろうが、現実そうである。

その地方は今、消滅の一歩を歩み始める様相を呈してきていることに、本当に心から寂しいキモチになる。
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2006/7/3  13:57

投稿者:daishi

>番台さま
コメントありがとうございます!
以前にもふるさととか郷土ということで記事を作りました。その時も色んな人が色んな形でふるさとへの思いを持っているとのことを知りました(アンケートからも)、これが全てだってことはないですよね。

日常的に過ごしている生活から、特別に何かしようとしても、そう簡単に何をしたら良いのか、どうしたら良いのか考えることは案外出来そうで出来ないのかなと思っています。

そんな時、こんなこと考えてみた、考えているなどと前向きな意見や分析と訴える人に耳を傾けるだけで相当違うような気がしています。(上の空でなくて心底からね)

おっしゃるように、私もせっかくある自然から生きる喜びを知ることができるようなことができると本当に良いなとつくづく思っています。

まずは、そんなところ(一番大事ですが)からでも地域の人はじめみんなで考えてみるという場があるというのが今、一番私が望む姿かもしれません。

これからもよろしくお願いします。

2006/7/1  22:49

投稿者:番台

daishiさんお久しぶりです。 “ふるさと”…そうですよね、“ふるさと”と簡単に口にしていますが“ふるさと”には色んな意味もあり沢山の人々の思いがありますよね。 自分も高校の時に一度離れ帰ってきた身なので苫前町には深い想いがあると自分では思っています。 “ふるさと”を守ることや愛するとか大切に想う気持はあってもなかなか難しいのか、どう動けばよいのか町民も分からなかったりしてるのかもしれませんね…?
今日は海開きと聞きましたが話によると『特にイベントもなく、ただ御払いをしただけ…』と聞いています。 自分が小さい頃は海水浴場のゴミ拾いや町のゴミ拾いをした記憶がありますが今はしてないのかな!?
こういうことも町を汚さないとか汚したら片付けるという学習の一貫になるはずです。 それからdaishiさんも言ってましたが『花や樹木を大切にする』ことは子供も大人も同じですよね。 今は子供もなかなか泥遊びをしなかったり木登も出来ない?させない?時代ですし確に“怪我”はしてほしくないけれど痛みや危険度を知らないのも違う意味で危険です。 親子・兄弟・友達で、もっともっと遊び学べる場を作って行きたいですね。

2006/7/1  10:30

投稿者:daishi

>米の0さま
コメントありがとうございます。

私が思うに、ここまで急激に経済的豊かになって、その欲望を金で解決してきたことが多かったのかなと思います。しかし、本来、お金で解決しようなんてことがそもそも間違いだったことが身のまわりに結構あり、見過ごしてきたことがあると思います。その代償はここにきて、大きいことが実感として思うのです。

私は米の0さんが言うレベルアップを目指すというところで行くと間違いなくお金ではありません。心の中で最後は金とも思いません。
ですが、現実おっしゃるようにお金が無くては生活していけないです。(ちょっと矛盾しているでしょうか!?^^;)
一方では別世界のような、生活スタイルを追い求めるかごとく繰り広げられる報道や情報が、何より魔物で、翻弄されてしまう・・・。

そこで、どんな生活を営むのか、どんな地域であってそこに個人・団体が暮らし生きていくのかを根本から見つめ直し、人任せではない、自らが創りあげることが、本当に必要になっていることをみなさんにお知らせしなくてはいけないのかと思っています。

苫前町は六本木ヒルズもなければ、超高級住宅街のセレブもいません。緑があって、水に会い、豊かな動植物が居る。そこで住民はその地にピッタリあった生活を送ることが本来なのかと思ってしまいます。人々が助け合い、小さくても集いそれを楽しむことで、お互いが理解しあい、町を築くこととなればと願っています。

これからもよろしくお願いします。

2006/6/29  21:38

投稿者:米のO

 久しぶりです。最近こどもたちのスポーツのことで、忙しくて・・・
人間は欲望の動物ですから、金には固執するでしょう。人には金なんて?と言いますが、心の中では、最後は金でしょう。
 ある程度の金があれば、生活できますが、よりレベルアップをめざすのが人間ですから???
でも落とし穴があり無理をするのが人間であり、歯止めがきかないのが人間であり???
 町にしても人間と同じで無理をしてしまうのは、ある程度住む人たちにとっては妥協しますが。体力以上に無理すると、負担はおのずからついて回りますが・・・
 田舎なので利権がついてまわりますが。
その利権をどうセーブするかしないかは、地元の住民であり、役場の人たちであり、議会であり・・・


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