2009/7/8

古丹別神社祭典が近い  

古丹別神社祭が近いですね。(7月11日〜13日)

今年も神輿の担ぎ手の皆さんを募り、市街を練り歩きます。


古丹別神社について

明治29年、三重県から移住した伊曽島団体25戸と単独で10戸(単独組という)の開拓入殖されました。同年9月単独組の手によって天照大神が通称上牧山に祀られました。
祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)・保食神(うけもちのかみ)です。

古丹別地区はその昔、開墾のための入植を考えたとき、先人はどのような苦労があったことが、振り返ってみるのも大事なことだと思います。
古丹別地区にて農業を営む方はかなり少なくなりましたが、その後の開拓など、周辺地区の農業によってこの市街地が形成されているということになります。



町史を読むと、現代の暮らしからは想像を絶する、先人の労苦が偲ばれます。


私たちは、この間のあったことを振り返り、今、持続してこのまちがあり続けるために何を考え、何をすべきか・・・。


わたしたちのまち苫前町は、先人の労苦のなかで歴史を刻み、町を愛する多くの人々の英知に支えられ発展してきました。
わたしたち町民は、たえることなく、豊かな自然風土、素晴らしい文化や伝統、相互扶助の精神を守り、苫前町のさらなる発展をめざしていきます。
よりよいまちづくりのため、町は町民に開かれた町政運営を行い、わたしたち町民は、自らが町政に参加し、共に力を合わせることに努めます。
わたしたち町民は、まちづくりの基本的な理念や原則を明らかにし、活力に満ち、ゆとりある豊かさを実感できる苫前町を築くため、すべての町民が共有する最高条例として、この条例を制定します。


まちの憲法たる『苫前町まちづくり基本条例』の大事な大事な前文です。
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2009/7/11  10:24

投稿者:daishi

>man youさま
コメント&補足説明ありがとうございます!

合併したこと、場所も転々としたことも、詳しく書いた方が良いかもしれませんね^^;

郷土史についても皆さんでこの地域(町)を見つめなおし考えるとき、良くご存知の方々が活躍していただけ、次世代へ受け継いでいく大事な心の部分だと思っています。

そこが原点で、いざこざ無く前向きな議論になっていくことをいつも願っています。

神輿を何故、市街地から離れた場所まで渡御するのか、しっかりと担ぎ手にも伝えたいと思います。

貴重な補足説明ありがとうございます!
今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m

2009/7/11  9:47

投稿者:man you

古丹別神社について。
正確には伊曽島団体の祀っていた神社と、単独組の祀っていたのが合併となったのであります。場所も転々としたようです。
今も御神輿が共鳴橋の方や川北風防林あたりまで巡行するのも開拓の歴史を尊重してだと思います。


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