2008/9/15

グレミヨンの凄さ  映画

素晴らしい映像を作り上げ、撮ることが、そのまま素晴らしい映画のスペクタクルになっていて、素晴らしい「映画」そのものになっている・・というのがグレミヨンの強みだ。
映画は映像・・とはいうものの、「映像」に凝ることが、すなわち「映画的」なことなのだ・・というほど、単純なものでは明らかにない。「映像」にものすごく凝っているんだけど、そして素晴らしい「映像」を作り上げているんだけど、どうにも「映画」になっていない・・という映画はたくさんあるのだから。
だから、むしろ、「映像」に凝ることのほうが間違いなのではないか? 「映像」ばかりに凝るから脚本などがおろそかになってしまうのではないか? こつこつと脚本などのテクストに凝ることに精を出したほうが、素晴らしい「映画」に近付く道なのではないか・・という考えの人(監督)も出てくるわけで、そして、たしかにそうした考えで、きちんと成果をあげている素晴らしい映画もいくつもあるように思う。
グレミヨンが凄いのは、「映像」をとるか? テクストをとるか? といった選択をこえて、素晴らしい「映像」を撮ることがそのまま素晴らしい「映画」である・・ということを難なく成し遂げてしまっている(実際には「難なく成し遂げてしまっている」わけではないのかもしれないが、そのように見える)ことである。だから、グレミヨンは、劇映画も、ドキュメンタリー映画も、撮れるのだ。
素晴らしい「映像」を撮ることがそのまま素晴らしい「映画」である・・「映画」として、ごく当たり前のことをやっているようだが、実はグレミヨンがやるようには、ほかの誰にも出来ないのである。

『曳き船』
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