2008/9/25

今頃、なぜか、蔵原監督特集  映画

ラピュタ阿佐ヶ谷で『硝子のジョニー 野獣のように見えて』を見てから、シネマヴェーラ渋谷で『憎いあンちくしょう』。なぜか、唐突に、「蔵原監督特集」ではないか・・。
(なお、今年の東京フィルメックス映画祭でも蔵原監督特集として12本上映されるそうです。)

いやー、でも蔵原って、ほんとに凄い監督だったんだなぁ(今さらですが)。
『憎いあンちくしょう』はもちろん、日活青春映画の金字塔、石原裕次郎と浅丘ルリ子コンビの代表傑作、名作中の名作であるわけだけど・・、個人的には『硝子のジョニー 野獣のように見えて』により興味を覚えました。この芦川いづみが演じるヒロイン像はまさに奇跡のような存在。いわゆる、ちょっと知的障害があるらしい、不幸な「白痴」の女という、あのフェリーニの『道』のヒロインタイプのヒロインであるわけだけど、この手の「白痴」女のヒロインものは、どうしてもある種の男の妄想、願望が生み出した女性像・・とも思えてしまうところがあって見ていて居心地が悪くなってしまうこともあるのだけど、『硝子のジョニー 野獣のように見えて』の場合は、ただ不幸で可哀想でだけど美しい心の女・・みたいなだけではなくて、同時に躍動感がある、単に受動的なのではなくて動態の、自らが動くことで世界を変えていく力を持ったヒロイン像でもあり得ているように思えて、この手のヒロインものがこのように作品として成立しているのはなんとも絶妙なバランスの上で映画が成立しているように思えたのです。これは、いわば、芸術的な「女性もの」をやろうとしていることと、同時に娯楽の「日活アクションもの」をやろうとしていることとが結びついて映画になっていることが、独特の絶妙なバランスでヒロイン像を成立させることとうまくつながり、奇跡的な事態を引き起こしているのではないだろうか・・などと考えてしまいました。
実は、この『硝子のジョニー 野獣のように見えて』は亡くなられた相米慎二監督が選んだ日本映画ベストテンにあげられていた作品だったので(それもあって前から見たいと思っていたんだけど)、そういうことを意識して見ていた部分もあったんだけど、このヒロイン像とか、演出とかはたしかに相米監督の映画に通じるところがあるように思いました。冒頭の海辺をパンするシーンから、「相米的演出」が散見される。もちろん、相米のほうが影響を受けているんだろうけど。たとえば相米監督の『光る女』は、かなりこの『硝子のジョニー 野獣のように見えて』を意識していた映画だったのではないか・・。当時の蔵原監督の映画にはたとえば神代が助監督としてついていたりするのだけど、神代をこえて、神代の映画よりも相米の映画のほうに蔵原の映画はより親近性があるように思えるのだ。
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2008/10/7  23:20

投稿者:kusukusu

フィルメックス映画祭の蔵原監督特集12本が発表!
http://www.filmex.net/2008/special_pk.htm

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