2008/11/13

シオドア・スタージョン『[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ』  SF小説

シオドア・スタージョンの小説なのであるから、フツーのものではないのは当然で、いまさら驚くことでもないのかもしれないが、それでもやっぱりこの『[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ』という小説はいったい、どうすればこのような小説がこの作家にかかると書けてしまうのだろう・・と驚くばかりの小説である。
自殺願望がある職安職員の男、映画スターに憧れる女、階級的偏見にとらわれた弁護士の男といった、それぞれ変な固定観念(もちろん本人は真剣に悩んでいるのだろうけど他人から見ると・・)にとらわれた人たちの群像劇であるこの作品は、映画で言うとちょっとロバート・アルトマンやポール・トーマス・アンダーソンの映画作品を思わせないでもない変な人々の群像ものであるのだけど、強引とも思えるぐらいのハッピーエンドへの志向など、トータルに考えると、アルトマンよりもさらに古典的なハリウッド映画のテイストの作品だと言えるのかもしれない。(実際、この小説は1955年に書かれたものである。)
と、ある種の映画との類似という点を指摘したのだけれども、しかしこの小説はやはり映画とは異なるものであり、「小説」としか言いようがないものだと思うのは、この小説が明らかに、文章自体の実験、さまざまな突飛な比喩的な書き方によって作品として成り立っていると思えるからで、もちろんこの小説にも壮大とも言えるような物語(ストーリー)があるわけだけど、しかし「物語(ストーリー)」自体が凄いというよりも、やはり文章それ自体が凄いから特異な小説として成り立っているのだとしか思えないところがあるのであり、このことはシオドア・スタージョンがやはりまぎれもなく小説家であるのだということを示していると言えるのではないのだろうか。
で、それではこれは「SF小説」なのか? 果たしてシオドア・スタージョンの小説はSFと言えるものなのか? ということだけど、まあ、これは単にジャンルとしての定義の問題だからどうでもいいと言えばどうでもいいことではあるわけだけど(SFであろうとなかろうととにかく面白いものは面白いわけだから)、依然として僕には答えようがないのだが、人間とはなんと支離滅裂で奇妙なものなんだろうか・・ということに驚くことこそがSFなんだ・・という風に言ってしまっていいのであるならば、スタージョンの小説はやはりSFであるととりあえず言ってしまってもいいのではないだろうかと思う。
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