2009/4/23

『真心話』(大傑作!)  映画

イー・トンシン、今回、続けて見て、つくづくこの監督はウォン・カーウァイなんかよりもずっと素晴らしいと思う。特に、『ぼくの最後の恋人』と『真心話』は大傑作だと思うが、しかし、この素晴らしさをいったい、どのように語ればいいというのだろうか。
『フル・スロットル ー烈火戦車ー』ならバイクレースに明け暮れる青春ものとか、『早熟』なら高校生の妊娠を題材にした思春期、ティーンの恋愛ものとか、こういう売りの映画とまだ言えそうなものだが(しかし、実際には、『フル・スロットル ー烈火戦車ー』も、『早熟』も、そうした作品の題材でイメージするものとはまったく違うところに物語が着地していると思える。その展開にはあっと驚かされ、それこそがこの監督の作品の凄さであるのだと思うのだけれども)、『真心話』、これにはいったい、どういう「売り」があるというのか? それとも、この映画はいわゆる「等身大もの」というやつなのか? いかにもという「売り」はないけど、「等身大」の青春ものであることが素晴らしいみたいな・・。そうなのかもしれない。たしかに、ここには普遍的な若者たちの悩みが描かれているとも言える。しかし、「等身大」とかリアルとかいうことだけではすまない何かがあるような気がするのだ。たしかに奇跡のようにすべてがリアルであるのだけど、同時にすべてが夢のようでもある・・。まあ、それが「恋愛」ということなのかもしれないけど・・。「恋愛」とは、単に共感しあえる者同士が癒しあうことを言うのではない。『真心話』で描かれるのは、むしろ、まったく違った境遇に育った男と女がいかに理解しあっていくか?ということの物語だと言える。そして、「違う」からこそ、相手のことを分かろうとするし、「恋愛」が生じるのかもしれない。そのことをこんな風に描けるとは驚きだ。
優れた企画、アイデアの映画というのはいっぱい、あるし、それはそれでたいしたものだと思うけれども、『真心話』のような映画は、このような映画が世の中に成立して存在しているということは、それ自体が驚くべきことなのではないかと思う。
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