2009/7/8

水俣病救済特別措置法成立  公害・薬害・環境・医療問題

歓迎と抗議が交錯 参院本会議場に怒号(熊本日日新聞)

 「被害者の声を聞け」−。8日午前、参院本会議場に悲痛な声が響く中、水俣病特措法が成立した。歓迎と抗議が交錯し続けた2度目の政治決着は、禍根を残したまま動き出す。

 午前10時の本会議開会を前に、賛成、反対それぞれの立場の被害者が詰め掛けた傍聴席。特措法成立を待ち望んだ水俣病出水の会の尾上利夫会長らは、議場に顔見知りの自民党議員を見つけ、笑顔で手を振った。

 水俣病不知火患者会のメンバーや弁護団が陣取る席では「被害者救済にならないぞ」「加害企業の免罪じゃないか」と怒号が飛ぶ。これに対し、議場の議員から「つまみ出せ」と容赦ない罵声[ばせい]。慌てたように数人の衛視が2人を取り囲み、議場外に連れ出した。

 水俣病不知火患者会の大石利生会長は「悔しい、残念というより、国会議員の良識を疑う」と怒りあらわ。「すべての被害者救済に向け最後まで闘っていく思いを新たにした。これで水俣病問題が解決するとは思えない」と力を込めた。

 同じく傍聴席にいた水俣病被害者互助会の佐藤英樹会長は「結局、与党に屈した」と与野党協議で与党側と合意した民主党への失望を口にした。「われわれは司法の場で徹底して闘っていく」と決意を語った。

 傍聴席には、法案に反対する胎児性患者の姿も。厳しい表情で議場を見つめていた永本賢二さんは「こんなに簡単に決まってしまって、残念でたまらない」と悔しそう。長井勇さんも「法案は被害者の声をもとに作ってほしかった」。

 与党案に反対し、与野党協議の途中で交渉役を外された民主党の松野信夫参院議員は採決時、険しい顔で腕組みしたまま。閉会後、報道陣に囲まれると「棄権した。水俣病の最終解決につながるものではなく、チッソの救済法に過ぎない」と批判した。

 一方、熊本でも被害者らが採決の結果を待った。津奈木町の自宅で朗報を聞いた水俣病被害者芦北の会の村上喜治会長は「政治決着を求めて頑張ってきた願いが、やっと現実のものになった」と胸をなで下ろした。

 水俣病不知火患者会は熊本市で会見。中嶋武光副会長は抗議声明を読み上げ、「良識の府とされる参議院に期待していたが裏切られた思い」と悔しさをにじませた。

 園田昭人弁護団長は「現場の議論を飛び越えるような形で党トップが与党との合意を図った責任は極めて重い」と述べ、民主党を痛烈に批判した。
http://kumanichi.com/news/local/main/20090708004.shtml


【解説】「国家の情」示せるか 水俣病救済法が成立
 【解説】現行認定制度で水俣病と認められない患者に一時金支給などを行う水俣病被害者救済法が8日、成立した。公式確認から53年を経て、2度目の「政治解決」が図られたことになるが、残念ながら、これでは悲惨な水俣病の歴史に終止符を打つことはできない。

 一部被害者団体は、原因企業「チッソ」の分社化に反発。引き続き司法による救済を求める姿勢を打ち出し、政治への不信感を強めている。

 一方、高齢化という現実を踏まえ「早期解決」を求めてきた被害者団体は、今回救済法に歓迎の意思を示している。だが、政府が今後定める具体策の内容次第では、救済対象の判定や一時金の額などをめぐり、新たな不満、不公平感などが生じる懸念も捨てきれない。

 一時金や療養費が支給されても、体に刻まれた健康被害は消えない。だからこそ、水俣病問題の最終解決は、被害者の心の傷が癒えない限り、訪れることはないといえる。求められるのは、金銭ではあがないきれない、被害者に寄り添うことで示されるチッソと国の謝罪、誠意ではないのか。

 著書「苦海浄土(くがいじょうど)」で水俣病の実態を世に問うた作家石牟礼道子さんは、法案に反対するため上京した患者支援団体に託した国会議員あての手記で、こう述べている。

 「お願いですが、日本という国の情が何処(どこ)にあるのか、お教え頂きとうございます」
 救済法は、加害企業が消滅する道筋も示した。水俣病問題は、いや応なく「最終段階」に入ることになる。救済法成立で事足りるのか。政府、政治は、あらためて被害者の実態を正面から見つめ直し、国家としての「情」を示せるかが問われている。
=2009/07/08付 西日本新聞夕刊=
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/107457


水俣病:「決着」を問う/1 熊本学園大・富樫貞夫教授「大きな禍根を残す」 /熊本(毎日新聞)
 ◇分社化はチッソ免責
 水俣病未認定患者の救済を目的とした特別措置法案は8日にも参議院本会議で可決され、成立する。95年に次ぐ「第2の政治決着」を、水俣病問題にかかわってきたさまざまな立場の人がどう見つめているのか。インタビューを通じて「政治決着」の意味を問う。1回目は熊本学園大の富樫貞夫教授に聞く。

 −−与党と民主党が合意した救済法案をどう見ますか。

 ◆未認定患者救済とチッソ分社化を抱き合わせて問題解決を図る仕組みですが、与党が救済範囲などについて民主党の要求をほぼ受け入れたことで、逆に分社化がいかに大きな問題だったかを見せつけた。これを認めないとチッソが一時金の支払いに応じない姿勢を見せていたからでしょうが、大きな問題があります。

 −−分社化の問題とは。

 ◆最終的に水俣病の原因企業チッソは消滅します。一方で、地域全体での健康調査を行っていないから、本当は被害者がどれだけいるか把握できていません。救済案から漏れる人だけでなく、偏見を恐れて言い出せない潜在患者もかなりいる。分社化は当面「凍結」されてはいるが、新たな救済の必要が出てきた場合、消滅後はチッソが責任を果たさないことになります。

 −−最終的に削除された「地域指定解除」をどのように考えていましたか。

 ◆環境省には「何とか早く片づけてしまいたい」という希望があったのだろうと思います。

 −−救済対象は従来の感覚障害に加え、視野狭さくなどにも広げられました。

 ◆04年の関西訴訟最高裁判決でも指摘されたことであり、政治決着で救済対象を広げるのは当然です。ただ診断に関して法案は「民間診断書も活用する」と、どのようにでも解釈できる書き方になっている。胎児性患者がどれだけ救済されるかも不明です。認定基準自体に手を入れるべきなんです。少なくとも認定基準が定められた77年に比べると、医学的知見は相当進んでいる。改めるべき点は改める必要があります。

 −−95年の政治決着と比較して、どう感じますか。

 ◆95年は被害の全容もつかんでいないのに「全面的かつ最終的な解決」というスローガンだけを掲げました。チッソに「あの時(95年に)、『最後』だと言ったのに」とへ理屈を言い続けるきっかけを作ってしまった。そして今回は、本来ならば1人でも被害者がいる限り責任を果たすべきチッソを免責してしまう。この点で95年よりもはるかに後退しており、厳しい評価をせざるを得ません。将来に大きな禍根を残しました。【聞き手・遠山和宏】(つづく)
http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20090708ddlk43040567000c.html


(西日本新聞の記事にある石牟礼道子さんのメッセージ)
 この度、私共は東京に、日本という国を探しに参りました。
 と申しますのは患者の中に、「東京にまで行ってみたばってん、日本という国は見つからんじゃった。」
とおっしゃる方々が沢山いらっしゃるからでございます。
これは我が民族におって由々しきことではないでしょうか。
考えてみれば、日本という国が無いとしても、人の世があり、そこには人の情けというものがあって、私どもも何とか生き延びることが出来たと思っています。

 その「なさけ」を求めて、探しに来たのは議員の方々が人に選ばれた方々であるからでございます。
お願いですが、日本という国の情けが何処にあるのかお教え頂きとうございます。

私共、水俣の者達は、人類が体験したこともない重金属中毒事件に50有余年も捉われ続けております。
この年月は親子、祖父母、三代にも四代にも亘っています。
有機水銀を脳や身体に取り込んだ人間の一生を考えてもみてください。

 言葉もろくに話せず、箸や茶碗を抱えるのも困難で、歩くことも普通に出来ません。
女性の場合には下の始末も自分では出来ません。
これはあんまりでございます。
議員の方々には人類史上初めてと言われる長い長い毒死の日々を生きている人々の日常をご推察頂けるのではないでしょうか。

 不知火海の汚染は世間が考えるよりは凄まじく、私共発病者を初め、対岸の小さな離党の数々、鹿児島県の島々に患者が続発し、今や万をはるかに超えました。
人間や魚の発病だけでなく、海底の食用植物の危険度についても国や県は調査しておらず、一人の人間の胎児の時代から少年、青年、壮年、老年の経過については、一部の研究者はおられませうが、国民は病状の実態について知らされておりません。
これからも患者の発生が続くと思われます。

 明治41年に始まったチッソは高度成長期を頂点にして世界史的な発展を遂げ、国策に寄与してきました。
それに対して水俣病の発生は一種の凶兆でした。
何しろ昭和7年から36年もの間、有毒汚泥を不知火海に朝も昼も晩も流しつづけたのですから。
長い間には裁判を起こした患者もいて、2004年には最高裁で熊本県と国にも責任があるという判決が下されました。
県と国は判決を殆ど無視して今日に到っております。
それがあらぬかこの度国会に提出される特措法案では未認定患者を表向きは救済すると乍(なが)らチッソの分社化と地域指定解除を謡いあげております。

 こんな残酷な毒物を背負ったまま患者達は認定、未認定に関わらずあの世へ行かなければなりません。
よくもこんな残酷な法案を作ったものです。
この様な法案を作って世界に示す民族性を私共は国辱と思います。
水俣病に本質的な救済というものはありえません。
何故なら一度身体に入った有機水銀は出ていかないからです。
せめて生き残った者が、この「人柱」たちを少しでも楽になれるようにさせて頂くというお気持ちになってくださらないでしょうか。

 水俣病は治療法が無く、不治の病となっています。
日夜苦悩している患者達を救済するどころか、審査会にかけて棄却する方向に持っていきつつある様に思います。
処理しきれぬ程に増えた患者数に驚き、なるべくなら早く死んでほしいと思って、長引かせているやに思われてなりません。

 せめて国が、できることは、日々の生活の足しになるような慰謝料を差し上げることか、治療法に取り組む医者を育てるとか、棄却などという冷酷な言葉で処理しないように、国力を挙げてお取り組み頂きたいと思います。
多くの人が選んだ議員様方にぜひともご協力頂きたいと存じます。


 今日は私共のために、貴重な時間を割いて下さり本当に有難く存じました。
祈念を込めてお願い申し上げます。

2009年6月3日
石牟礼道子

http://yummyseaweed.seesaa.net/article/122840470.html
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