2009/7/14

水俣病救済特別措置法と今後の水俣病の運動について  公害・薬害・環境・医療問題

 それにしても、水俣病救済特別措置法をめぐって民主党がこれまで対案を提出して言ってきたことを覆して与党案に賛成にまわり成立させてしまったことにはやはり納得がいかない思いなのであるが・・。これまで言ってきたことから考えを変えて転換していくこと・・自体はまったく悪いことだとは思わない。それもありかとは思う。修正していい方向に行くこともあるとは思うし。たとえば、今度の都議選で民主党が築地市場移転反対を言い出したことはいい方向への転換ではないかと思うので、それを掲げて勝った以上はぜひ実現して欲しいと思う。だけど、水俣病救済特別措置法をめぐる転換はいい方向のものだったとは個人的にはやはり思えないであるが・・。
 ただ、今度の特別措置法で救済される人達も現実にいるわけだし、とにかくいろいろと問題があるものだとしても、1995年に一度、政治決着したものを、再度、行なわせただけでも一定の成果ではないのか?という考え方もあるかとは思うし、何より今度の特別措置法の結果、新たに救済の対象になった被害者の人達がお金を受け取ることをけしからんと思っているわけでは全くないので、少し、角度を変えて、とにかく成立してしまった今度の水俣病救済特別措置法とは一体、なんなのか? そして、今後、水俣病の運動はどうなっていくのか? を考えてみたい。
 まずなぜ民主党は「変節」したのか?である。そもそも、民主党は今、勢いに乗っていて、もしかしたら次の選挙でいよいよ政権交代して政権の座につくかもしれないという局面なのであるから、せっかく対案を自分達でつくって出しているのであるから、与党が出している法案を成立させることにこだわる必要はなかったはずで、与党案は参議院で否決して今度の国会では成立させずに、民主党が政権についたあかつきには自分達の対案を通過させれば良かっただけの話である。政治的には民主党が「変節」しなければ困るという局面でもなかったはずのだ。ではなぜこのような「変節」をしたのか? これは僕の勝手な憶測であるが、民主党は自分達で対案を出しておきながら、それを実現させるだけの自信がなかったのではないか? 結局、自分達が言っていることを実現させることは実際には出来ないので妥協に回った・・としか、思えない。まったく無茶苦茶な話であるが・・。
 なぜ実際に実現させることが困難なのかと言うとチッソが土俵に乗ってこないからである。民主党が出している案のように実態調査を行なったら、実際のところ、どれだけの潜在的な水俣病の被害者がいるのかは分からない。もしかしたら数十万人という数かもしれない。それでチッソが参加しないのであれば、国が賠償を負担するしかない。つまり、税金からということだ。それだけの国税を水俣病被害救済に当てることが今、出来るだろうか・・。こうした現実的な計算で民主党は「変節」したのではないか・・。
 与党が今度の特別措置法に、問題になっているチッソ分社化ということを盛り込むことにこだわったのは、そういう形でないとチッソを土俵に乗らせることが出来なかったからなのだ。その意味では、自民党らしい(?)、極めて現実的な案でありやり方だとは言える。チッソ分社化とか、裁判を続ける者はこの措置法の救済の対象にならないとか、本当にひどい話だとは思うのだけど、そこが極めて現実的なのだと言うことは出来る。だから、ある意味では、よくこんなことを考えるよなあと感心するところもないわけではないのだが(もちろん皮肉で言っているのだが)、しかし、現実的であるということは筋が通っているということではない。むしろ、筋は通っていないというのか、今度の特別措置法は論理的に考えると破綻しているのではないかと思う。どこがどう破綻しているのか? 具体的に見て行こう。
 
 以下が、今回、成立した水俣病救済特別措置法の要旨である。(西日本新聞、7月8日の記事より)

「(前文)
 排出されたメチル水銀で発生した水俣病は、八代海沿岸地域と阿賀野川下流地域に甚大な健康被害と環境汚染をもたらし、長年にわたり地域社会に深刻な影響を及ぼし続けた。水俣病が今日においても未曾有の公害とされ、わが国における公害問題の原点とされるゆえんである。
 2004年の関西訴訟最高裁判決において、国と熊本県が長期間にわたり適切な対応をなすことができず、水俣病被害の拡大を防止できなかったことについて責任を認められたところであり、政府としてその責任を認め、おわびをしなければならない。
 これまで水俣病問題については、1995年の政治解決等により紛争の解決が図られてきたところであるが、最高裁判決を機に、新たに多くの方々が救済を求めており、その解決には長期間を要することが見込まれている。
 こうした事態を看過することはできず、国の認定基準を満たさないものの救済を必要とする方々を水俣病被害者として受け止め、その救済を図ることとする。これにより地域における紛争を終結させ、水俣病問題の最終解決を図り、環境を守り、安心して暮らしていける社会を実現すべく、この法律を制定する。
 (目的)
 第1条 この法律は水俣病被害者を救済し、救済措置の方針と水俣病問題の解決に向けて行うべき取り組みを明らかにするとともに、必要な補償の確保等のための事業者の経営形態見直しにかかわる措置等を定めることを目的とする。
 (救済と解決の原則)
 第3条 この法律による救済と水俣病問題の解決は、継続補償受給者等に対する補償が確実に行われること、救済を受けるべき人々が可能な限りすべて救済されること、関係事業者が救済費用の負担について責任を果たすとともに地域経済に貢献することを確保することを旨として行われなければならない。
 (救済措置の方針)
第5条 政府は県の意見を聞いて、過去に通常起こり得る程度を超えるメチル水銀のばく露を受けた可能性があり、かつ四肢末梢(手足の先)優位の感覚障害を有する者、全身性の感覚障害を有する者、その他の四肢末梢優位の感覚障害を有する者に準ずる者を早期に救済するため、一時金、医療費、療養手当の支給に関する方針を定め、公表するものとする。
 既に水俣病の補償や救済を受けた者、認定申請や訴訟提起などの手段で損害補償を受けることを希望している者を救済措置の対象としない。
 四肢末梢優位の感覚障害を有する者に準ずる者かどうかについて、口の周囲の触覚・痛覚の感覚障害、舌の二点識別覚障害、求心性視野狭窄の所見を考慮するための取り扱いに関する事項を定める。
 関係事業者は、政府の要請があった場合には一時金を支給する。支給に関する事務は指定支給法人に委託することができる。
 (水俣病被害者手帳)
 第6条 政府は、医療にかかわる措置を要するとされている者に対して交付する水俣病被害者手帳に関する事項を定める。県は、水俣病被害者手帳の交付をした者に対して医療費を支給する。政府は予算の範囲内で必要な支援を行う。
 (解決に向けた取り組み)
 第7条 政府、県、関係事業者は、早期に可能な限りの救済を果たす見地から、相互に連携して、救済措置の開始後3年以内を目途に救済措置の対象者を確定し、速やかに支給を行うよう努めなければならない。
 (事業再編計画)
 第9条 特定事業者(チッソ)は、次に掲げる事項を記載した事業再編計画を作成し、環境相の認可を申請しなければならない。
 1、株式会社を設立すること、当該株式会社が設立に際して発行する株式の総数を特定事業者が引き受けること。
 2、特定事業者が個別補償協定にかかわる債務、水俣病にかかわる損害賠償債務、公的支援にかかわる借入金債務、その他環境相が指定する債務にかかわるものを除き、その事業を前号の株式会社(事業会社)に譲渡すること。
 3、特定事業者が、事業譲渡の対価として事業会社が新たに発行する株式を引き受けること。
 (事業会社の株式の譲渡)
 第12条 特定事業者は、事業会社の株式の全部または一部を譲渡しようとするときは、あらかじめ環境相の承認を得なければならない。環境相はその承認をしようとするときは、あらかじめ総務相、財務相と協議しなければならない。
 (事業会社の株式譲渡の暫時凍結)
 第13条 事業会社の株式の譲渡は、救済の終了と市況の好転まで暫時凍結する。
 (救済措置の実施等に必要な支援)
 第33条 特定事業者が一時金の支給を円滑に行うことができるよう、政府と県は予算の範囲内において、支援について所要の措置を講ずる。環境相は金融機関等に対して、特定事業者に対する支援の継続を要請するものとする。
 (地域の振興等)
 第35条 政府と関係地方公共団体は、特定事業者の事業所がある地域で、事業会社が事業を継続すること等により地域の振興、雇用の確保が図られるよう努める。
 (健康増進事業の実施等)
 第36条 政府と関係者は、指定地域やその周辺地域において、地域住民の健康増進や健康上の不安の解消を図るための事業、地域社会のきずなの修復を図るための事業等に取り組むよう努めるものとする。
 (調査研究)
 第37条 政府は、指定地域と周辺地域に居住していた者の健康に関する調査研究やメチル水銀が人の健康に与える影響などについて調査研究し、その結果を公表する。」

 この水俣病救済特別措置法を考えるにあたって、まず前提にしないといけないのは、この措置法の救済の対象になるのは水俣病認定審査会で認定された人達ではないということである。水俣病認定審査会で認定された人達は認定されたことで相応の賠償や、病院などに行った場合の医療費の支払いを受けているので、その枠から漏れてしまった、つまり、水俣病認定審査会では認定されなかった、未認定の人達を救済するということなのだ。すでに1995年の政治解決はそのような考えで約1万人の人を対象にしたわけであるが、今回、1995年の政治解決でも漏れてしまった人達をさらに救済するということなのだ。
 そして、ここがややっこしいというのか、わけが分からないところなのだが、認定審査会の方はそのまま存続して残し、それとは別に今回の水俣病救済特別措置法の対象者を決める委員会か何かを環境省の中につくってそこで対象者かどうかを判断していくというのだ。認定審査会と特別措置法の対象者を決める委員会とが並立して存在していくようになるわけである。だから、「既に水俣病の補償や救済を受けた者、認定申請や訴訟提起などの手段で損害補償を受けることを希望している者を救済措置の対象としない。」ということなのであり、認定を求めて訴訟を続ける人は対象にならないことになるのだ。
 ここで、「???」にならない人がいるんだろうか? だって、水俣病認定審査会って何を認定しているんだ? その人が水俣病の患者であり被害者であることを認定しているわけではないのか? で、そこで認定されなかった、未認定ということは水俣病の患者(被害者)であると認められなかったということであるわけだろう。で、特別措置法の対象者を決める委員会(か何か)ではどうやって対象者を判断して決めるのか? その人が水俣病の患者(被害者)であると判断して決めるのではないのか? つまり、認定審査会では水俣病の患者(被害者)であると判断することが出来ずに認定することが出来なかったんだけど、本当はその人は水俣病の患者(被害者)であるので(?)、特別措置法の対象者を決める委員会(か何か)ではその人を水俣病の患者(被害者)であると判断して対象者にするということなのだ。これって、結局、国はその人を水俣病の患者(被害者)であると判断して認めているのか、いないのか? わけがわからない話だと思わない人がいるんだろうか?
 そして、認定審査会の認定基準と、特別措置法の対象者の水俣病の患者(被害者)であると判断する基準とは異なるわけである。1995年の政治解決の時の基準とも今回の基準は異なるようなので、認定審査会の認定基準、1995年の政治解決の時の判断基準、今度の特別措置法の対象者であるか否かを判断する基準という、3つの水俣病の患者(被害者)であるか否かを判断する基準が存在するということになるわけだ。
 なんで、こんなややっこしいことになってしまったのか? こんなややっこしいことにするのなら、認定審査会の認定基準を広げていって、より多くの人を水俣病の患者(被害者)であると判断して認定していけば良かったことではないのか? 普通に考えて、そういう疑問が沸いてくるのではないだろうか?
 なぜこうなったのかと言うと、ひとつには訴訟との関係ということがあるのではないかと思う。認定審査会の認定基準よりも特別措置法の対象者を決める判断基準のほうがより緩やかで多くの人が該当するもののようなので、訴訟を続けて水俣病と認定されることを求めるよりも特別措置法の対象者であることを求めるほうがいいということで多くの人がそちらに流れるだろうということを考えているのではないかと思われる。
 それと、賠償、医療費などの負担の問題があるのだろう。基本的な賠償は、認定審査会で認定された場合も特別措置法の対象者になった場合も主にチッソが負担することになるのだろうが(将来的に、チッソが分社化され、解体された後は分からないが、少なくとも「救済措置の開始後3年以内」は)、病院などに行った場合の医療費の支払いをチッソと国、県のどちらで負担するのか?という問題もある。現在、認定された人達はチッソが医療費を負担しているのであるが、1995年の政治解決の時に救済の対象になった人達の医療費は国、県で負担しているようだ。(ここらへん、ひとりひとりの賠償、補償がどのようになっているのか、今、書いたような僕の認識にもしかしたら正確でないところがあるかもしれないが。)今度の特別措置法の対象者の場合は、「政府は、医療にかかわる措置を要するとされている者に対して交付する水俣病被害者手帳に関する事項を定める。県は、水俣病被害者手帳の交付をした者に対して医療費を支給する。政府は予算の範囲内で必要な支援を行う。」とあるので、水俣病被害者手帳を交付し医療費については国、県で負担するということらしい。(ただし、この特別措置法の対象者の全ての人に水俣病被害者手帳を交付し医療費を負担するようになるのか、そこらへんはこの文面ではよく分からないが。)
 とにかく、国が水俣病の患者(被害者)を判断する基準はどう考えても混乱していて、矛盾だらけの破綻したものになってしまっていると思えるのである。

 さて、それでは、今後、水俣病の運動はどのようになっていくのだろうか?
 ひとつには、裁判闘争であるが、こうした状況でも、それでも訴訟を続ける人達はやはりいるようである。少数派ではあるがやはり裁判闘争は続くのだろう。
 それとともに、やはりこれだけ複数の認定基準、判断基準が並立してあることはおかしいじゃないか? 抜本的に認定基準を改め、もっと広げていくべきではないのか? という議論が起こってくるのではないかと思う。論理的には現在のように複数の基準が並立していることはどう考えても矛盾していることであり、これはおかしいという意見は正論なのだと思えるから、こうした議論を国側もまったく無視し続けることも出来ないのではないか? そして、チッソの分社化、今度の特別措置法の対象者の確定期間を過ぎた3年後に、賠償の支払いの分担がチッソと国、県との間でどのようになっていくのか?ということが絡んで、認定基準の抜本見直しが改めて問題になって議論が起こってくるのではないだろうか?
 それと、この認定基準をめぐる運動には、実は今、書いたような、認定基準を抜本的に改め広げていくべきだ・・ということを提起していく方向と、もうひとつ別の方向の2つの方向があるのではないかと思う。もうひとつ別の方向というのは、そもそも国が水俣病の患者(被害者)を認定すること自体がおかしいのだ、国の認定制度なんてやめてしまえ・・という問題提起の方向である。
 そもそも一番、根本的なことを言うと、水俣病の患者(被害者)は、国に認定されたことによって水俣病になったわけではないのだ。有機水銀を内包した魚を食べたことによって水俣病になったのだ。そして、症状が出てきたから、病院に行ったり被害者として訴えたりしているわけであり、国が認定しようとしまいとすでに水俣病なのだ。そもそも国がその人が病気かどうかをどうしていちいち判断して決めなければいけないのか?
 たとえばほかの病気(公害とかではない)にかかった場合のことを考えてみよう。僕らが風邪をひいている疑いがあったとする。医者に行って診てもらって、「先生、やっぱり風邪ですか?」「風邪ですね。」と、専門医に診断されればそれで風邪であることが確定する。いちいち国や行政の機関に届け出て風邪であることを「認定」してもらう必要など、ないのだ。
 水俣病の場合も、本来は、水俣病をずっと診てきた専門医のところにいって診てもらい、住んでいる場所と症状を先生に伝えて診てもらって、「先生、やっぱり水俣病でしょうか?」「そのようですね。」と、その先生が水俣病と診断すれば水俣病と確定する・・それで、いいのではないだろうか? 別にその先生がいるところが国の機関でなくて、民間の地元の病院でいいわけである。そこで新たに水俣病の患者が診断されれば、国に届け出ればいいのだ。
 このように書くと、そのようなやり方だと、賠償金欲しさに偽の水俣病患者がどんどん出てくるのではないか・・とか、言う人がいるのであるが・・、そのように言う人には、どうして水俣病をずっと診てきた地元の専門医というのはそういう偽の診断書をすぐに書くような悪人であると思うのか、どうして国や行政の機関の、水俣病かどうかを認定したり判断したりしている人達の中にはそのような悪人はいなくて、地元の田舎の医者は悪人かもしれないと思うのか、その理由を聞かせて欲しいものだと思う。
 そう言えば、緒方正人氏という、水俣病の認定を返上した方がいるのだが・・、まあ、この人のやり方は極端ではあるのでほかの水俣病の人達も真似すればいいのではないか・・とまでは思わないのだけれども、心情的には、そもそも国が水俣病の患者(被害者)を認定していること自体がおかしいのではないか? という意見はよく分かるというのか、それが一番の正論なのかもしれないとも思う。
 まあ、極端ではあるかもしれないが、認定基準をもっと広げていくことを求めるのではなく、逆に国が認定することをやめてしまえと求める運動の方向というのも、ひとつの方向としては考えられるのではないかと思うのだ。
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