2009/8/26

『キャデラック・レコード』  映画

これ、どういう内容の映画か、事前によく知らず、ビヨンセの歌が聴ける音楽を題材にした映画らしい・・ぐらいの感じで見だしたので、冒頭数分で、マディ・ウォーターズの伝記映画ということに気がついて、おお、これは拾い物かも・・、事前情報もなく映画をふと見ると思わぬ出会いがあるなあとちょっと小躍りする気持ちがしたんだけど・・。
しかしねぇ・・、基本的には凄くいい映画だと思うんだけど・・、途中からなんか、ちょっと違うような気が・・。
端的に言うと、こういう黒人音楽ものって、黒人がブルースとかのルーツでいい歌をどんどん作ったのだがやがて白人がパクって歌うようになっていって・・みたいな話になっていくことが多いのだが、まあ、実際、それが事実だったんだろうし、間違いはないんだろうけど、なんか、それって物事を図式化して、単純化してとらえているものじゃないだろうか?という疑問があって・・。
まあ、伝記映画とは言え、基本的にはこの映画はフィクションであるわけだから、単純化して描くことは間違いではないのかもしれないけど・・。
そもそもねぇ、「盗作」と「リスペクト」ってどう違うんだろうか? これ、よく分からないんだよなぁ、音楽でも映画でも。ビージースは「盗作」したんだけど、ローリングストーンズはマディ・ウォーターズを「盗作」ではなく「リスペクト」したんだ・・とか、言われると、その違いって何よ?と思うんだよね。それじゃ、RCサクセションはそのローリングストーンズを「盗作」したのか、「リスペクト」したのか!?
結局、気持ちの問題だと言われるとそうなのかもしれないけど、その「気持ち」の違いって何よ?
片方は商売のために真似たのだが、もう片方は単に商売ではなく「気持ち」をこめて「リスペクト」したんだと言うのなら・・その違いは一体、どこにあるのか? だって結局は、皆、商売ではあるわけで・・(本当に一生、路上で歌い続けたとか、インディーズや自主製作の映画のみに徹したとかいうなら話は別かもしれないが・・)。
映画だって、たとえばトリュフォーはヒッチコックを「盗作」したのか、「リスペクト」したのか? その違いはどこにあるのか? トリュフォーはヒッチコックにインタビューする本まで出してヒッチコックにも印税が入ったんだろうから、「盗作」ではなく「リスペクト」ということになるわけなのだろうか?
じゃあ、自分だけでなくルーツの人ももうけさせてあげればいいわけなのか? マディ・ウォーターズやヒッチコックももうかるようにしたのなら「リスペクト」ということか!? しかし、それじゃ、結局、商売なのでは・・。
そもそも音楽でも映画でも、あるいは「物語」というもの自体が、本当に全くのオリジナルのものっていうのがあり得るのか? 過去の、なんらかのものに影響を受けたり真似たりしているのではないのか?
黒人のブルースだって、それがロックの原点とか言うけれども、さらに遡ればもっと原点と言えるものがあるんじゃないのか?
・・まあ、もしかしたら、この映画は別にそこのところを問題にして見なくても良かったのかもしれないが・・、そんなことを見ながら考え出してしまったら、結局、映画の感想がまとまらなくなってしまいました・・。
 
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