2009/10/24

東京国際映画祭 鑑賞メモ  映画

今回の東京国際映画祭は結局、11本鑑賞。『シーリーン』『時の彼方へ』『不戦勝』『イニスフリー』『RAIN DOGS』『心の魔』『ムアラフー改心』『ハポン』『バトル・イン・ヘブン』『静かな光』『玄海灘は知っている』。もっと見たかったが、これで精一杯。実際、他にもいろいろ面白い作品があったよう。
まあ、とりあえず見た11本でも、かなりバラエティに富んでて、まだまだ映画の世界は広いなぁ・・と思わせるものだったが。あまりにバラバラで、本来、比べようがないものだけど、あくまで自分の好みでこの11本の中から強引にベスト3を選んでみると・・。

第1位『ムアラフー改心』
数か月前に残念にも亡くなられたヤスミン・アハマド監督の作品。同じアハマド監督の遺作になってしまった『タレンタイム』は見逃したが、昨年の上映で見逃していた『ムアラフー改心』は見ることが出来た。
これは文句なし、今回、見た映画の中でダントツに好き。他の10本の映画はそれぞれ感銘を受けつつもどこかでひっかかるところもあったのだけど(たとえば「凄いけど、あまりにシネフィル向きに作り過ぎなのでは・・」とか、「あまりに殺伐とした話だよなぁ」とか)、『ムアラフー改心』に関しては、無条件に、その暖かさに何度も何度も涙してしまい、心底から好きだと叫ばずにはいられない。たとえば、ヤスミン・アハマド監督の弟子筋に当たるホー・ユーハン監督の『心の魔』も素晴らしい力作ではあるのだけど、あまりに登場人物の誰もが殺伐としていて登場人物の誰にも共感できなかった。それがマレーシアの現実ということなのかもしれないけど・・。とにかく、『ムアラフー改心』は今年、見た映画の中でも、イー・トンシン監督の『真心話』と並んで、最も無条件に好きな作品かもしれない。
『ムアラフー改心』や『真心話』のような映画に出会ってしまうと、映画とは人生そのものなんだ・・ということを思い出さずにはいられない。映画を見ること、映画を作ること、すべては「人生=映画」という、実はこれこそ現実的ではない巨大な「フィクション」なのかもしれないのだが、そういう見果てぬ「人生=映画」という夢に駆られた病みたいなものなのかもしれない。
イスラム教徒の姉妹が主人公なのであるが、イスラム教のコーランの世界が、こんなに親しく、身近なものとして感じられるというのも驚きである。
ヤスミン・アハマド監督が亡くなられたことはかえすがえすも残念だ。

第2位『ハポン』
今回、カルロス・レイガダス監督の作品を3本、『ハポン』『バトル・イン・ヘブン』『静かな光』と見たのだけど、基本的にこの監督は映像、イメージ派で、映像には力があるが、話のほうはちょっとどうなのかな?と思ったのだけど、その中ではこの『ハポン』が話(ストーリー)的にも一番、興味を持った。『ハポン』はレイガダス監督の長編処女作(本当は「童貞作」と言うべきなのかもしれないが・・)で、映画の作りとしては、一番、荒削りなもので、未完成の気がするんだけど、その分、なんだか、分からない世界に接したという魅力があるとも言えるのではないか。かのカイエ・デュ・シネマ誌が『ハポン』をカメラが動き過ぎると酷評したそうだけど、たしかにそれはそうだとは思うのだけど、なんていうか、そういう表層のテクニックとかフォルムをこえて、レイガダス監督の映画の映像には漂うような暖かみというのか、情感のようなものもあると思う。カメラワークとして考えると乱暴だなと思いつつ、同時に情感も感じるので、そこがちょっと不思議な魅力がある映像を撮る人だなと。『バトル・イン・ヘブン』なんて、娼婦を聖女として見るなんて今どき、アナクロな話だよなぁと思いつつ、随分、殺伐とした話なのに、同時に暖かみのようなものも映像から感じるので見れてしまうのではないだろうか・・。でも、『バトル・イン・ヘブン』って、ヒロインは娼婦だけど金持ちの娘で、別に金に困っているわけではないのに売春しているっていうのはちょっと面白い設定だと思うのだけど、あまりその設定が生かされていなかったような気がするのだが・・。そこらへんを深めればストーリー的にももっと面白い映画になったのではないかと思うのだけど、この監督はそこらへんのストーリーを深めて行くことにあまり興味がないのかな・・。
『ハポン』の場合は、役者は全員、素人で、実際の村の人達が出演しているそうだけど、不自然さはほとんどなく、そういう役者の佇まい方も良かった。特におばあさんが印象的なのだが、そう思って見ていたら、このおばあさんにスポットを当てて話が展開していって、そこが面白かった。
ちなみに、この『ハポン』で撮影を担当した人が監督した作品が、今回の映画祭で上映された『タンゴ・シンガー』らしい。この作品も今回は見逃したが機会があれば見てみたいもの。

第3位『玄海灘は知っている』
満席で、あのカルトなキム・ギヨンがすっかりこの映画祭で人気者になっていることに驚く。
映画はところどころ、変だけど、基本的なストーリーはキム・ギヨンにしてはわりと普通かも・・とか思って見ていたのであるが(あくまであの『下女』のような作品を撮るキム・ギヨンとしては・・という意味だが)、上映後のトークを聞いたら、これ、原作がきちんとあるそうだ。
そういうことを聞くと、逆に、そういう原作がきちんとあって、一応、史実をベースにしているものなのにもかかわらず、やっぱりキム・ギヨンワールドとしか言えないような世界に映画を持って行ってしまうところがキム・ギヨンの凄さなのかもという気がしてきた。
特に、女性、ヒロインの秀子のキャラクター。最初は戦争中当時の日本女性ならではのしとやかで控えめな女性みたいな感じなのか、それで男に同情して愛情に変わって行くのか・・とか思っていたんだけど、どうもそういう枠にはとどまらないやっぱり変な女性のようにだんだん思えてくる。あの『下女』のヒロインほどはぶっとんでないようだけど、でもやっぱり変という・・。いつの間にか、キム・ギヨンワールドのヒロインになってしまっている。一体、どこからそういうヒロインに変貌してしまったのかがよく分からないのであるが、どうも風呂場での奇妙なやり取りとか、ひな祭りの飾りの前での舞踏とか、こうした奇妙な演出によって進行してしまっていたような気がする。いつの間にか、ヒロインをそのようなキム・ギヨンワールドの住人にしてしまうという。そういう意味ではキム・ギヨンワールドがどんな風に立ち上がって行くのかを分析することも可能かもしれない、興味深い作品だと言えるのではないだろうか。
ところで、娘が妊娠していることを知ったとたんに母親の態度がガラッと変わってしまうというのも、キム・ギヨンらしいのかもしれないが、ウーマンリブの人が見たらホント、激怒すると思うんだけど(笑)。
1



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ