2011/6/28

『ring my bell』  映画

DVDで。
鎮西尚一監督。

人物がボソボソとごく自然に(ただし普通よりはゆったりとしたタッチかもしれないが)話すのでつい普通に聞いてしまうが、よく聞くと、奇妙な、およそ人間同士の日常会話とは思えないような、まるで詩のような台詞がたびたび出て来たりする。時には、歌となって、誰に聞かせるともなく、人物が口ずさんでいたりする。まるで詩の朗読のようなひとり言を人物がブツブツと言っていたらあまりに無気味だけど、歌となって口ずさんでいるのであれば、人物がひとりで歌を口ずさむということは現実にあることであるから、前後の話の脈絡とかとあまり関係なくそういうシーンがあったとしても、まあ、あり得ることだと見る人は納得できるものではある。しかし、これが映画だということに気がついた時、たしかに人物がひとりで歌を口ずさむということはあることではあるのだが、なぜ映画においてそういうシーンを自分が見ているのかと考えた場合、当然、この映画の作り手はなんらかの意図があってこういうシーンを入れているはずだと考えるわけであるが、鎮西尚一監督には果たしてなんらかの意図があるのだろうか。もしかしたら、鎮西尚一監督は、いわゆるミュージカル映画のようなタッチが好きで、ミュージカルのような雰囲気を導入したくてこういうシーンを導入したのかもしれない。しかし、もしかしたらそういうことでもないのかもしれない気もしてくる。もしかしたら、ミュージカルがやりたいというより、純粋に、前後の脈絡と関係なく、唐突に何かが起こる瞬間を描くということがこの監督がやりたいことだったとしたらどうだろうか。
そう言えば、音楽の入れ方も、何か、奇妙だ。話を盛り上げるために音楽を入れるというのとも違って、まるで効果音のように音楽が入ってくる。入れ方のタイミングが効果音のような入れ方だというだけでなくて、音楽なのか、効果音なのか、判別がつかないような音もあるのだ。(台詞にしたって、歌なのか、詩なのか、判別がつかないような台詞もあるのだけど。)だが、唐突に何かが起こったと思うのは、その音楽が突然、ピタッと止まり、その瞬間に、山形育弘が演じる主人公がバタッと倒れる(これも実に奇妙な、別に何かにひっかかったとかいうわけでもないのに、普通に立っている人間が突然、ゆっくりと地面に脱力していくように倒れるのだけど)シーンである。ここで音楽が突然、途切れ、つまり無音になるのだが、すると何を思ったか、ヒロインの女の子が突然、服を脱ぎ出すのである。そして、ベッドシーンになるのだが、なぜいきなりこういうシーンになるのか、ヒロインの女の子が何を考えて服を脱ぎ出したのか、よく分からない。分かるのは、どうやら、唐突に何かが起こったらしいということである。唐突に何かが起こったということは、音楽がピタッと止まって無音になったこと、そして主人公の青年が奇妙な倒れ方をしたことで分かるわけだが、とにかく唐突に何かが起こったので、唐突にベッドシーンに突入してもなんとなくスムーズに見ることは出来るのである。しかし、その意味ではスムーズに見ることは出来るのだが、ここでまたこれが映画だということを意識した時、なぜこのように唐突に展開するのかを考えた場合、果たして明確な回答は得られるのだろうか。たとえば作り手の鎮西監督がこのシーンで言いたいことはこういうことだというような論理的な回答を観客は見いだせるのだろうか。もし仮に、鎮西監督がやりたいことが、唐突に何かが起こるという瞬間を具体的に映画で(映像と音で)描きたいということ、そのものだったとしたなら、どうだろう。そうだとしたなら、そもそも、論理的な回答を探すことにそれほど意味があるのだろうか。
こういう風に考えていくと、ますます分からない不可解な映画のような気もしてくるのだが、しかし、それでも(いや、だからこそ、なのかもしれないが)、この映画がとてつもなく面白い映画だということ、そのことははっきりと分かるのである。そして、こんな映画を撮れるのは鎮西尚一監督だけかもしれないということも。
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