2012/2/23

『J.エドガー』  映画

つくづくイーストウッドにおいては、もはや、善と悪とか、何が真実なのかとかが、無効なのだなあと思った。
誰が善で誰が悪なのかとか、ダーティヒーローとか、そういうことではなくて、善と悪の問いかけ自体が無効な域に達してしまっているということ。
過去のイーストウッド監督作品としては『真夜中のサバナ』をちょっと思い起こさせたが、『真夜中のサバナ』のように、記者が真実を暴いて行く・・という構造でもない。たとえば、エドガー長官の話を口述筆記するライターが真実を暴いて行く・・といった作り方もあったのではないかと思うが、そのような作り方ではなかった。しかし、実に意表をつくやり方で、真実というのか、これまでいろいろと示されていたことが「嘘」であることが明かされる。こんな話の展開の仕方があったのかと唸る。
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