2012/9/27

領土問題再考  時事問題

現状の世界各国の領土というのは、戦争も含む実効支配を続けることで確定されているところがあるというのは現実としてあることだと思います。そうした帝国主義的な領土の確定の仕方、戦争とか実効支配で、歴史的、地理的にあいまいな土地がどこの国の領土であるかを確定させるやり方に対して、批判的な視点は必要かと思います。しかし、そうした帝国主義的な領土の確定の仕方を全面的に否定して、そのような帝国主義的なやり方で確定されている領土は、世界中、どこも認めないなどと主張しても、あまりに世界の現実からかけ離れた主張ではないかと思うし、世界中の人々から広く同意を得ることは出来ない主張なのではないかとも思います。

結局、帝国主義とか、戦争とか、そうしたことも歴史の一貫なのであり、そもそも各国の領土は、帝国主義とか、戦争とかも含み入れた人類の歴史の過程で変動し続け、現状として確定されているものなのだと思います。何千年、何万年も、まったく変化しない、「固有の領土」として、ある一国の領土が存在すると考えるほうが、領土というのは変動し続けて来たものなのだという歴史を無視していると言えるのかもしれません。

なので、とにかく、日本政府の「固有の領土」という主張は無理があると思うので、この考えから離れることがまず必要なのではないかと思います。

でも、こういう風に考えて行くと、結局のところ、いろいろな解釈の仕方とか、観点とかで、その土地がどの国の領土かの判定が違ってくるとも言えます。絶対的に、100パーセント、客観的な、領土の国際的な判定基準というのがあるのかも疑わしいです。そもそも、世界には、帝国主義とか、戦争とかに歴史的にまったく関わりがない、客観的な立場の国というのがあるのでしょうか。
早い話、日本と中国、日本と韓国の間に入って、仮にたとえばアメリカが判定したとして、アメリカの判定が客観的な立場のものなのかはおおいに疑わしいわけです。

竹島(独島)に関しては、戦前の日本の朝鮮支配の一貫に含まれるものなのか、日韓で議論が分かれるところですが、時期的に重なるなど、韓国側の主張に耳を傾ける要素はあるものと思っています。
一方、李承晩政権に始まる、韓国による、竹島(独島)の実効支配のやり方はかなり乱暴なものであり、こうした実効支配のやり方こそが帝国主義的なものなのではないかという見方も出来ると思います。
つまり、韓国側の、竹島(独島)は日本による帝国主義的な朝鮮支配の一貫で日本の領土に編入されたものだという主張に耳を傾ける要素があると思うと同時に、第二次世界大戦後の、韓国による竹島(独島)の実効支配のやり方も帝国主義的なやり方だと思うので、帝国主義的なやり方はけしからんという立場から言うのだとすると、竹島(独島)の場合はどのように考えればいいのか、微妙なところがあるように思っています。

また、尖閣諸島については、日本は無主の地だったところを先占の法理で自国の領土に組み入れたと主張しています。(中国側は、そもそも尖閣諸島は無主の地だったわけではなく、昔から中国側の領土だったのだと主張しているようですが。)仮に無主の地だったという日本の主張が正しいとするなら、無主の地だったのなら現状の国際法の考え方では日本の領土とするのが正当ということになるかと思います。しかし、現状の国際法の概念から離れて、帝国主義的なやり方でどこの国の領土かを特定するやり方は問題があるという立場から言うのであれば、そもそも無主の地の場合は先に自国の領土だと宣言した国の領土になるという決め方自体が帝国主義的な決め方で問題であるという考え方も出来るのではないかと思うので、こうした立場なら、無主の地だったからといって日本の領土だとは言えないのではないかという考え方もあり得ると思います。

結局、解釈の観点とか、角度で、どちらの国の領土かは違ってくるということです。
で、何をあなたは言いたいのかと言われてしまいそうですが。
とにかく、僕としては、日本と中国、日本と韓国にはそれぞれ歴史がありますので、そうした歴史的過程も踏まえて、それぞれの2国間で話し合っていくしかないのではないかと思います。(当然、日本側は過去の反省と謝罪が必要です。)

付記
なお、これでは、自分の意見、考えとしてどうなのか、はっきりしろと言われるかもしれませんので、あえて、現時点での僕の個人的な考えを書いておくと、僕は、尖閣諸島は中国領であり、竹島は日本領であるとするのが、どちらかと言うと妥当な判断なのではないかと個人的には考えています。
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