2014/10/2

『ジャージー・ボーイズ』…うーん、ノレない!これは微妙…  映画

『ジャージー・ボーイズ』
クリント・イーストウッド監督の新作!さすがにうまい!絶品!
…なんだけど、実は、個人的にはこれはちょっとノレなかった…。
出来が悪いと思ったからではない。むしろ、真逆に、うまい!うますぎる!あまりに、うまく、「いい話」すぎる!…と思って、ちょっと信じられなかったのだ…。(ひねくれた性格なんで、すみません…。)
イーストウッド作品は時たま、こういうことがある。『パーフェクト・ワールド』とか『インビクタス』とか。「いい話」すぎて、展開が信じられないというのか…。
うーん、、、刑務所に入ったり、借金をかかえたり、いろいろなことがあるんだけど、そうした問題が、いともあっさりと解決していってしまうので、というか、この人たちにはそんなの、へっちゃらみたいな感じなので、それでは全然、問題ないじゃないか!、結局、ただのサクセスストーリーじゃんという感じがしてしまって…。ドラマの葛藤が切実感がないというのか…。良すぎるんだよな、たぶん。人間はもっともっと汚いものじゃなきゃ、嘘なんじゃないかと…(笑)。
うーん、困ってしまった…。

『ジャージー・ボーイズ』は、フォー・シーズンズにかけて、デビュー前の不良時代の「春」、デビューしてヒット曲を連発する「夏」、莫大な借金をかかえ、メンバーに亀裂が入る「秋」、さまざまな別れを繰り返す「冬」という4つのパートで構成されている。ドラマの構成がフォー・シーズンになっているわけで見事だが、言うまでもなく、現実の人生はこのようにきれいに4つに分かれるものではない。どの時代にも並行していろいろなことが実際は起こっているはずで、幸福と不幸は人生のすべての季節にともにある。たとえば、ヒット曲を連発している「夏」に、実は裏で莫大な借金がふくらんでいたという「秋」が平行して進んでいたのだ。なので、この映画は、「秋」のパートが始まってから、回想で2年前に戻るという構成になっているのだ。「秋」は実は2年前から進んでいたんだよと…。フォー・シーズンの構成を基本にしている以上、こういう回想でちょっと戻る構成になるのは分かるんだけど、でも、ここがちょっと気持ちが入っていきにくいと思う。なんか、結果が出ていて、説明で回想を入れているみたいになってしまうからだ…。もちろん、「説明的」にはならないように、つくりては細心の注意をはらっているのだろうが、やはり「説明的」になってしまっていると思う。
これなら、むしろ、メンバーに亀裂が入っていく過程を丹念に時系列順に描いていったほうがリアルに響いてくる作品になったのではないか?

『ジャージー・ボーイズ』の、過程を飛ばして、結果とポンと見せる手法は、『グレン・ミラー物語』を参照しているのかもしれない。『グレン・ミラー物語』は、メロドラマの肝の箇所で、過程を描かず、結果をポンと見せて、まさにこれがこのメロドラマの核心として屹立した傑作だった。
最近の日本映画で、『舟を編む』が、過程を描かず結果をポンと見せる飛躍をしていて、これはもしかしたら『グレン・ミラー物語』をやろうとしたのかな?とちょっと思った。
『ジャージー・ボーイズ』は、当然、ミュージカル伝記ものの代表作『グレン・ミラー物語』を参考にしているのだろうが、『ジャージー・ボーイズ』の場合は果たして、『グレン・ミラー物語』のように、結果をポンと見せる手法が効果的だったのか…。うまいけど、このうまさはこのドラマにあっていたのかと…。
0



2014/10/3  0:31

投稿者:kusukusu

『ジャージー・ボーイズ』にノレない自分…。これは、イーストウッドが悪いわけじゃなく、結局、自分の気分がサクセスストーリーを見たい気分じゃなかったんだろうな…。映画としてのレベルは全然、違うが、『セインツ』や『私たちに許された特別な時間の終わり』のほうがリアルに「今」だ。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ