2015/8/17

SEALDsの奥田愛基さんの8月15日の書き込みに触れて  時事問題

SEALDsの奥田愛基さんの、「8月15日は、この国が君主、王様とか一人の偉い人に全てを任せるんじゃなくて、民主国家として歩み始めた」という書き込みに、ネトウヨ中心に批判がけっこうある模様。
この歴史観は、左翼的には全然、ありのものだと思うし(僕自身はちょっと異なる見解を持つが)、やはり僕のSEALDs擁護の考えになんら変更はないんだけれども、まさに、右と左の歴史観の違いの重要な論点に触れたものなのかなと思う。
なので、僕自身の考えをおさらいしておきたい。
昭和天皇に戦争責任はなかったという主張の論拠は、大日本帝国憲法の第55条なのだが、第55条の条文に照らすなら、戦争責任はあるとすれば昭和天皇ではなく国務大臣にあることになるのではないかということだろう。
それに対して、左翼の側からは、第55条があるとは言っても、統帥権が天皇にあったのならやはり天皇に責任があったのではないかということを主張しているわけだが、この左翼的な見方も最初に書いたように「全然、あり」だと思うのだけど、ただそれでは第55条の条文はどうなるのか、立憲主義を主張しているはずの左翼が条文を無視して言うのなら理屈にあわないのではないかという批判が成立し得るのかなとも思う。
実態として戦前の日本の国のあり方はどうだったのかということもあるけど、実態としても、美濃部達吉氏の天皇機関説が戦前に問題になったけど、実はこの天皇機関説が正しくて、天皇ではなく軍部が暴走して戦争を始めたのだという見方もあるのではないかと思う。そうするとやはり昭和天皇の戦争責任は問えないのではないかと。
ここらへんの右と左の歴史の解釈の違いでこうした見解の相違がうまれているわけだが、で、僕の見解はどうなのかと言うと、大日本帝国憲法はたしかに立憲主義によるものではあるし、昭和天皇に戦争責任が帰結するとは言えないのではないか、天皇制は君主制とは違うのではないかといった右側の解釈の理屈も成り立つところがあるのかなあとは思うのだけど、しかし、僕としては、むしろ、君主制というのとはちょっと違って、立憲主義の憲法がありながら同時に天皇に統帥権があったという、二重構造的な体制の「天皇制」というものを持ち得たところに、逆にこの日本という国のあり方の独特の恐さがあるのではないかなあという風に思う。
僕は、この日本という国を愛するかどうかというより(自分に愛国心があるのか、ないのかと言われると正直、よく分からない…)、この日本という国のあり方が恐いなあと思う…というのが正直な気持ちなのかなあ…。
(この一文、右からも、左からも、理解されないものでしたら、どうもすみません!)
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