2005/7/29

『マラソン』  映画

『マラソン』
昨年の韓国ナンバーワンヒット作。

なお、この映画の原作『走れ、ヒョンジン!』は蓮池薫氏が翻訳している。
http://www.randomhouse-kodansha.co.jp/books/details.php?id=88

適度にリアル、適度にファンタジーという感じで、自閉症という難しい題材をうまくエンターテイメントにしているように思った。
特に、自閉症の人間の特徴の、他人の言葉をおうむ返し(これは他人に向けて会話しているというより自分に言い聞かせているという感じなのかな?)にしたり、なんでも正直に言ってしまうことを笑いにしているあたりはうまく処理していると思った。主人公とマラソンコーチとのやり取りは笑える。

好きなことにはとことんのめり込むが、嫌いなことはまるでしないのが自閉症の人間の特徴のひとつ。自閉症の人間を教育する場合、好きなことをとことんさせるか(たとえばクラシック音楽で開花した大江光氏の場合はそういう例なのでは?)、それでは社会性が身につかないので厳しくしつけて嫌いなことも我慢させて行わせるか?
そこが当然、悩むところだろうけれども、そうした母親の葛藤に焦点を当てたのがこの映画の着眼点の面白さではないかと思う。放任主義で行くか、とことんきびしくしつけるか、どっちがいいかで悩むのは別に自閉症に限らず、親の子育て一般の悩みなのかもしれないけれども。
この映画には自閉症の専門医は出て来ないけれども、現実にはこの母親のやり方は専門医との間で意見の対立や葛藤があったのではないだろうか? 専門医は出て来なくても、母親とマラソンコーチの対立の部分でうまく母親と世間との対立をとらえ出していたと思うけれども。コーチのほうはチャランポランで放任主義の代表みたいな感じがした。(でも、このコーチ、言うべきことはきちっと言うし、チャランポランに見えて、いいコーチだと思う。)


*以下、ややネタバレ



しかし、考えてみると、厳しくしつけるためにやっていたことが本人の好きなことでもあったというあたりは、この話は実話を元にしているそうだから実際にそうなのかもしれないけど、たまたまうまく行ったという気はしないではない。そういう風に親と子の思惑がうまく一致しないことが往々にしてあるのではないかという疑問が沸くのだが。
自閉症の人間が主人公のため、これは望むほうが無理なところはあるかもしれないが、そのあたり、本人はどう思っていたのかを知りたい気はする。自閉症といっても、他人へのコミュニケーションの能力を欠くということであって、つまり感じていることを他人へうまく伝えられないということであって、本人の中ではいろいろ感じているはずなのだから。もしかしたら人一倍、感受性が強くて感じていることがあるのかもしれないし。しかし、それを表情や仕草で表現できないのが自閉症であるわけだから映画で表現するのは難しいところはあるのかもしれないけど、それでもたとえば絵日記とか、いろいろな形で本人の意志が実際のところ、どうだったのかを表現する方法はあったのではないかと思うのだが。

それから、自閉症の特徴として、過去にあっとことと同じ状況になった場合に過去の(それも子供のときの)記憶がフラッシュバックする(いつもそういうことを考えていたわけではなく突然、思い出すらしい。もしかしたら、母親はずっと息子がそう思っていたのではと思ったのかもしれないがそういうわけではなく突発的に思い出したのだと思う。)ということがあるそうだが、この映画はそのあたりもうまく使っていたようだ。
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2005/7/30  10:31

投稿者:kusukusu

今日は。
僕はどっちかと言うと、実際はこうだったのかな
あ?とか、思いながら見て、真実の重みみたいなも
のを感じたときに涙が出てくるという感じですの
で、『ヴェラ・ドレイク』なんかのほうが涙が溢れ
てくるところはありますね。『マラソン』も泣くに
は泣いたけど。『ミリオンダラー・ベイビー』は
ちょっと泣けませんね。

2005/7/30  1:43

投稿者:かえる

シマウマ、ジャージャー麺などのアイテムも効いてましたね。
節々でよくできているなぁと感じさせられました。
kusukusuさんはこの手のものでは泣きますか??

http://latchodrom.exblog.jp

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