2005/8/23

多数者が少数者を切り捨てていくということ(その2)  時事問題

日テレの「ザ・ワイド」に堀江氏が出てきて、コメンテーターの有田氏が拉致問題についてどう考えているのか?と質問したところ、堀江氏らしい、率直な見解を披露してくれた。
うろ覚えのものだが、以下のようなものだった。

みんな、北風と太陽で、北風を吹かせようと言うんだけど、僕は逆に太陽で、今、北朝鮮の人達は飢えているのだから、経済援助をしてあげて、経済が回復した国にしていくほうがいいのでは。豊かになるほうが独裁政権を倒そうというのが生まれてくると思う。経済制裁してとんでもないこと(つまりは戦争ということか?)になったらそのほうが本末転倒だと思う。・・

こんな風なものだった(うろ覚えで正確でないところがあるかもしれないが)。まあ、堀江氏のこの意見に「愛国心がないのか」と怒る人もいるのかもしれないが、愛国心ということに関しては、僕自身、ある人間かどうか、あまり自信がない人間なのでそういうことはとても僕からは言えないし(正直、「愛国心」という感情は僕にはよく分からないというのが本当ではある・・)、また北朝鮮問題について堀江氏のような考え方をしていたこともあったのでこの意見も分からないではないのだが。

では、僕がなぜ北朝鮮問題について考えを変え、経済制裁をするべきであると考えるようになったのかというと、自分が以前からこだわってきた公害、薬害問題と同じ根があるもので、多数者の利益のために少数者が人生を奪われてしまうというあまりにも悲惨な目に遭遇するものであるということに気付いたからである。
あくまで僕の個人的な問題意識でしかないものかもしれないけれども。

まあ、公害、薬害と拉致問題を並列的に見るのはちょっと大雑把すぎるのかもしれないし、厳密には違う問題であるのかもしれないが、それでも結局は日本社会全体のメリットのために、特に経済的メリットのために一部の人間が犠牲になっているということは言えるのではないだろうか?
日本で拉致のような信じ難いことが行われ続けてきて、そして北朝鮮に対して経済制裁が行われないでいるのは北朝鮮に関する利権があるからだし、それは特定の政治家など、特定の人間のものだと言われるかもしれないけど、もともと日本の戦後の経済成長は朝鮮戦争の特需から始まったのであり、なんだかんだいっても朝鮮に関する利権を温存させたほうが日本経済的にもメリットがあったのだと思う。
最近になって、日本がした戦争はなんだったのかということが一般的にもようやく議論される風潮になってきたけど、ちょっと前までは要するに大方の日本人にとってはそんなことはどうでもいいことで、せっせと高度経済成長やバブルで儲けることのほうばかりを考えていたというのが実態だったのではないだろうか? そういう意味ではバブルがはじけて不況になったから人々が本質的な問題を考え直すようになったとも言えるわけで、バブルがはじけて良かったのかなあと思う面もあるのだけど。
といっても僕個人は東京裁判を行った意義を支持したいという考えであり、自虐史観の人間だと言えるのかもしれないが、東京裁判で敗戦国の日本ばかりが裁かれたのは不当だという意見は理解できるところはあり、正論だとは思っている。本当はアメリカが原爆を落とした行為も裁かれるべきだったのではないか?という思いはある。ただ、世界史的には東京裁判を行った意義を認めるべきではないかというのが僕の考えであり、つまり、戦争で行われた行為に対して「平和に対する罪」「人道に対する罪」という概念で裁こうとしたということを意義があるものなのではないかと認めたいというのが僕の基本的な考えである。これは事後法のものであるのかもしれないが、事後法であったとしてもこういう例をつくっていかなければ前例というものが出来ないわけだから、日本が前例になったのは仕方がないのではないかというのが僕の考えである。(ここで、仕方がないですましてしまう点が、僕に愛国心というものが欠如している証拠なのかもしれないけど・・。)

今度の選挙の各党マニフェストを見て、ちょっとがっがりしたのは、拉致問題についてもそうだけど、公害問題についてもとても本質的なことを問い直す政策をどの政党も打ち出しているとは思えないということである。アスベストについては、今、特に騒がれているからか、自民党も民主党もマニフェストに挙げているのだけど、これはそもそもこれまで見過ごしてきたのがあまりに杜撰だったのであり、まずは政府はアスベストの被害をこれだけ広げてしまったことに対して謝罪するべき筋合いのものだ。
それにしても、なぜアスベストが騒がれ出したのかと言うと、労災に留まるものではなく、広く一般的に被害があるものであることが最近になってにわかに報じられ出したからであるようで、なんのことはない、自分と関係ない一部の人がそういう悲惨な目にあっている分には世間は無関心であるが、いざ自分の回りにもある身近な問題なのだと気がついたら騒ぎ出すというのがこの国の実状なのではないだろうか・・。
結局、経済成長の繁栄の影で、一部の人達がひどく極端な、自らの生きることそのものを奪われてしまうような境遇に置かれたとしても、大方の人にとっては他人事だから関心がないのだろうか? そうやって多数者が少数者を切り捨てていくのだろうか?
僕が薬害や公害の運動に関わってきて常々、感じてきたことはそういうことかもしれない。薬害エイズについてだって、川田龍平氏がカミングアウトして世間で注目される以前の、世間がまるでこの問題に対して無関心だった頃の状況を忘れることは出来ない。薬害エイズは、川田氏や、小林よしのり氏が騒いだことをきっかけに注目されるようになったけど、それでも菅厚生大臣が謝罪してしばらくして運動は盛り下がり裁判の結末は尻切れとんぼになって終わろうとしているようだ。まあ、薬害エイズの運動に関しては盛り下がったのは運動内部に問題がなかったわけではないのかもしれないが、それでも支援者の人間は(僕も含めて)飽き飽きしたらやめればいいわけだけど、被害者はやめることが出来ないのだ、という現実もあったわけで、ああ、こうして世間は結局はまた無関心になっていくんだな・・というやり切れなさも感じないではなかったのだ。人間、当事者でなければなかなか付き合えないというのが本当のところなのかもしれないが・・。

郵政民営化や年金問題は大事なことなのだろう。これらはみんなの問題である。がどうも僕が拉致問題や公害・薬害問題ほど、郵政問題や年金問題にピンと来ないのは、別にそれで人が死ぬわけじゃないし、という気持ちがどこかにあるからだろう。もちろん、日本が経済大国でなくなり、貧乏国になっていく・・というのも大変なことである。少数者が悲惨な境遇に置かれていることよりも、そっちのほうが多くの人達に影響を与えていることであり大事なことであると考える人もいるかもしれないし、その理屈も間違いではないのかもしれない。実際に年金問題は全ての国民の問題だと言えるのだから。だけど、極端に言ってしまえば、別に貧乏だってそれなりに幸せに生きていくということはあるわけだし、それはそれでいいじゃないかという気持ちが僕にはどこか、あるのだ。だから日本が経済大国であり続けなければならないとか、あまりそういうことにこだわる気がしてこないのだ。それより、僕は一部の少数の人達が、あまりにも極端な、生きること自体を奪われてしまうのはあんまりだと思うし、多数者の利益のためにそのように少数者を切り捨てていいのだろうか?と思ってしまう。
つまり、国全体が貧乏になってもいい、あまりに極端に不遇な境遇に置かれる人はいないようになってほしい、というのが僕の基本的な気持ちなのであり、だから郵政問題や年金問題よりも公害・薬害問題や拉致問題のほうを重視したくなってくるのだ。

だが、この多数者が少数者を切り捨てるというのは、民主主義のもとだからこそ、起こっているとも言えるのだ。民主主義は多数者の意見を選択するものだからである。僕は基本的には民主主義を支持したいとは思うのだけど、民主主義のもとでは結局は少数者は切り捨てられていくという現実を見てしまうと、うーん、本当に民主主義はいいものなのだろうか?というジレンマを感じないわけではない。
かといって異論の発言の自由がない全体主義の独裁政権がいいとはもちろん思わないのだけれども、民主主義は少なくとも少数者を切り捨てていくことを構造的に止めることが出来ないという意味では万能ではないし、そのために民主主義は絶対的に正しい制度だと信奉することにも躊躇してしまうところがあるのだ。

*この記事を書くヒントになったブログの記事
「たゆたえど沈まず」デスカミサードたちの首相
http://plus-ultra.cocolog-nifty.com/ultra/2005/08/post_19f1.html
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2005/9/11  11:53

投稿者:kusukusu

コメント、有難うございます。
「支援」とは名ばかりの改悪、ひどいですね。
僕は以前に短期間ですがうつ病の女性と付き合った
ことがあるのですが、長期にわたり病院に治療に通
わないとならないようで、それだけに改悪は大変な
ことなのでしょうか。
それにしても、公明党は「福祉の党」のはずなんで
すけどねえ。

2005/9/11  5:00

投稿者:すー

はじめまして、精神保健福祉法32条制度の改悪に反対するグループ「32project」と申します(精神疾患患者を中心に、その支援者・友人とで結成されたネット上のグループです)。
今回の選挙をきっかけに、ぜひ知っていただきたいことがあり書き込みしております。
うつ病など「心の病」を抱えた者にとってのほとんど唯一の福祉=「32条制度」(通院医療の公費負担制度)が、政府の「障害者自立支援法案」で切り捨てられようとしています。この法案は7月に衆議院で与党多数で可決されましたが、郵政解散のため廃案となりました。しかし政府は選挙後の国会で、この法案をあくまで成立させる構えです。
(ちなみにこの法案は、障害や症状が重い人ほど負担が重くなる、いわゆる「応益負担」原則で作られた「世界初」の法案です)

もっと多くの人に32条制度改悪問題や障害者自立支援法のことを知ってもらえるようにと、グループのブログ http://sea.ap.teacup.com/32project/ をやっております。
各政党の障害者福祉政策比較サイト(障害者団体による各党へのアンケート結果)なども紹介しています。よろしければ、ぜひ1度ご覧ください。

http://sea.ap.teacup.com/32project/

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