2005/8/29

『シャーリー・テンプル・ジャポンpart2』  映画

『シャーリー・テンプル・ジャポンpart2』
(池袋シネマロサでレイトショー)
初めて見る冨永昌敬監督作品。こりゃ、型破りな作品。でもどうせインディーズ映画ならこれぐらい、型破りにやってくれなきゃ、面白くないですよねえ。

文字(字幕、台詞)やバックに流れる音が暴力的とも思えるものなのに対して、映像はフィックス中心で極力、カメラが動かない長回しで、映像と文字、音がこの映画においては乖離しているのかもしれない。黒沢清監督の作品とちょっと通じるところがあるのだろうか。黒沢清もこの冨永昌敬も暴力的な衝動性をはらむ作品を撮ろうとしているように思うのだけど、なぜ映像は暴力的にパンクに繋がないのか? それは映像というものは特定の空間、時間を限定してとらえるものなので、暴力的な衝動性ということでは空想を広げられる「文字」の世界にかなわないところがあるからではないだろうか? 本当に暴力シーンを撮ったり、暴力的なカット繋ぎをしたとしても、言葉の暴力性にはかなわないのだ。だから言葉の暴力性に対抗し、映像を印象に残すものにするためには、逆にフィックスでじーと撮る方向に行くのではないだろうか。
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