2006/1/27

『描くべきか愛を交わすべきか』  映画

『描くべきか愛を交わすべきか』(アルノー&ジャン=マリー・ラリユー監督)
 東京日仏学院の「カイエ・デュ・シネマ週間」で鑑賞。フランスのラリユー兄弟監督の作品。
 これはいわゆるスワッピング、つまり夫婦交換の話である。かといってポルノ映画というわけではない。エリック・ロメールの映画のような、現実音を大切にしながら淡々と日常生活を追っていくタッチで、ふとしたことからそういう世界を体験する夫婦の心理を丹念に追ったものである。
 普通の日常では、スワッピングを目的に集まった男女というわけではなく、全くそういう目的が当初はなくて2組の夫婦が酒を飲み交わして歓談していたら夫婦交換のセックスをすることにまで発展してしまうということはまず起こらないのではないかと思う。仮にその場の雰囲気がそのようなことを漂わせていたとしても、人は内心ではそういうことを考えていたとしても「そんな、まさか。そんなことあるわけない」と自らの気持ちを打ち消し、適当な会話でその場をかわしたりするものなのではないだろうか?
 しかし、もちろんこの映画はフィクションのドラマであって、その実際の日常ではめったに起こり得ないことが起こったらどうなるのか?が興味の焦点でつくられているわけである。そういう雰囲気になったけど「そんな、まさか。なーんちゃって」と適当なことを言ってかわしましたということを描いたとしても、ごく日常的なことをリアルに描きましたというだけでフィクションとしてつくる意味があまりない。
 そのつもりは全くなかったのに、その場の雰囲気でふとそうしたことをしてしまい、自分たちがしたことに呆然として動揺している夫婦の姿を見ていて、この人たちはいったい、どうなってしまうのだろう?という興味を禁じえなかった。これがポルノ映画だったら、最初はいやと言っていたのが段々、歓びになり最後はみんなでバンザイみたいな(笑)お約束の展開になるのだろうけれども、ポルノとしてではなく描いているものであるだけに、突発的にそうしたことをしてしまった夫婦がどのように心を揺れ動かしていくのだろうかと興味を感じた。
 ただ、この映画は結局はおさまるべきところにおさまってしまったという感じで、僕の予想というか、想像をこえるほどの、「おお、人間というのはこんなこともあり得るのか」と思うほどの展開があったという程でもなかったので、やや見終えて物足りない感じは残ったけれども。
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