2006/5/28

『段ボールハウスで見る夢』  

『段ボールハウスで見る夢 新宿ホームレス物語』(中村智志著)は新宿のホームレスの人たちを5年、取材したユニークなノンフィクションだが、元タクシー運転手のおっさんがインタビューで妻は故郷で看護婦をしていて娘と息子がひとりずついてと家族の話をするところがある。ところが、後日、その話は嘘で、おっさんは結婚したこともなかったことが分かる。面白いのは、この書き手のライターが、なんだ、嘘だったのかと思って先に聞いた話を書かないでカットしたのではなく、おっさんがこのような嘘をついた、ここにこそ、この人の人間性が現れているのではないかと考えて、こういう嘘をつかれましたということをそのまま書いていることだろう。このノンフィクションが型通りのものでないのは書き手のこうした姿勢によるものなのではないかと思う。

たとえばインターネット上で自分のプロフィールを偽っている人がいて、実際はこの人はこういう人であるということをそのままドキュメンタリーで撮って作品に出来たのならば、実に面白い作品がうまれるのではないだろうか? 「嘘」にこそ人間性があらわれているということはあると思うから。
もちろん、その嘘と実際の部分を映画のつくりてが「創作」してしまうのではなくて(それではドキュメンタリーではなくドラマになってしまう)映画のつくりての計算をこえたものが撮れたならばそれこそ面白いわけだけれども、いったい、どうすればそういうものが撮れるのかは分からない。
中村智志というライターは計算していたわけではなくインタビューをしたら結果としてそういう面白い「嘘」と「事実」にめぐり合えたわけで、ノンフィクションライターとして面白い体験をしたと思ったのではないだろうか。(もちろん、そこに面白さを見いだす書き手としての感性が大事なのかもしれないけれども。)
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