2006/6/30

金英男さん記者会見、朝鮮日報の記事(1)  ニュース

*本日の「朝鮮日報」の記事。
韓国メディアも金英男(キム・ヨンナム)さんの「拉致ではなかった」という発言には信じられないという見解のよう。
韓国の人達には、実際問題として仮に北朝鮮の現政権が崩壊したとしたら北朝鮮の人達を韓国が面倒をみるなどということは無理だというリアルな問題があり、北朝鮮に対して融和政策をとるのが無難という考えもあるものと思われるが、しかし、本来は被害者なのに「拉致ではなかった」というような発言をしないといけない、まさに北朝鮮政権に翻弄されている犠牲者である金英男さんの姿を見て複雑な思いを抱かずにはいられない人は多いのではないだろうか?と思う。

(ニュース)
北の工作員は拉致を認めているのに…
 北朝鮮は29日、金英男(キム・ヨンナム)さんの発言を通じ、金さんを拉致したのではない、と主張した。
 金さんは記者会見で、西海岸の仙遊島海水浴場の沖合に漂流したところを北朝鮮の船舶によって救助され、北朝鮮に向かったと説明した。
 しかし、このような説明は、これまで解明された客観的な事実と照らし合わせてみると、北朝鮮が拉致した事実を隠し、この先の問題についても一切遮断するために作り上げた“でっち上げ”に過ぎない、との指摘がある。
 北朝鮮が金さんを拉致したことは、1980年6月にスパイ船に乗って南下してきたところを捕まった北朝鮮工作員金光賢(キム・グァンヒョン)さんが認めている。
 金光賢さんは今年4月に行われた朝鮮日報とのインタビューで、「拉致は工作組によって行われたが、結果的には金英男さんの拉致に一役買った」と話した。金光賢さんは当時、金英男さんを拉致したスパイ船に一緒に乗っていた人物だ。
 国家安全企画部も、1997年にチェ・ジョンナムさん夫妻の工作員事件を捜査する途中で、金英男さんが拉致された事実を確認している。これは、北朝鮮が1977年と1978年に高校生5人を拉致したことからみても、疑いの余地はない。
 金英男さんの主張にはもっともらしい面もあるが、偶然的要素があまりにも多く、作り上げられた内容という感が否めない。
 カネを払って借りた木の船に乗ったという点や船の中で眠ってしまったという主張、両親が南で暮らしているにもかかわらず北朝鮮に残留することを希望したという点などが納得しがたい部分だ。
 もし、金英男さんの主張が事実だとしても、分別のない高校1年生を連れていき、北朝鮮で生活させたとすれば、これは明白な拉致行為だと指摘される。
東京=鄭権鉉(チョン・グォンヒョン)特派員 
キム・ミンチョル記者

金英男さん「未来志向的な観点で報道してほしい」
「わたしの問題はこれで終わりにしてほしい」
 金英男(キム・ヨンナム)さんは29日午後4時、母の崔桂月(チェ・ゲウォル)さんの車いすを押しながら、金剛山ホテル2階の会見場に到着した。この車いすは金さんが贈ったもので「Dr.K」という米国製のものだった。
 金英男さんは上部に淡い色の入った眼鏡を掛けていた。前の日に、28年ぶりに母に対面した際にはこの眼鏡は掛けていなかった。日本政府が2004年に平壌で金さんに会った後、作成し配布したモンタージュでも金さんは眼鏡を掛けていた。
 約30分間に及ぶ会見の途中、金さんは時折舌で唇をなめたが興奮した様子は見せなかった。金さんは会見を行う理由について「わたしについて好ましくない評判が広まっているので、正確な事実を知らせるため」とした。
 金さんは現在の夫人パク・チュンファさんについて「党の学校で勉強している」とし、「義父は平壌市人民委員会副委員長」と話した。金さんは自身の職業について「統一部門関連事業で重要な職責に就いている」と語った。
 金さんは日本人拉致被害者の横田めぐみさんと結婚した経緯について1986年に日本語を習った際に親しくなったと説明した。
 また娘のウンギョンさんが以前「ヘギョン」と伝えられていたことについて、「ヘギョンは幼名」とし、「(実名が)公開されるのはよくないと思いヘギョンと呼んだ」とした。また「『めぐみ問題』が持ち上がる前までは母親の話はしなかった」と話した。
 日本政府に対しては強硬な表現で非難を重ねた。金さんは「(日本は)遺骨をあちこち分けて、ニセモノという卑劣で幼稚な主張を展開した」と話した。
 金さんは韓国にいたころの記憶を尋ねる質問に「月明公園に行って遊んでいたことを思い出す」とし、「インソク」という故郷の友人の名前を口にした。
 その上で「故郷は良いものだが、故郷を離れ、別のところへ行って仕事をするようになることも人の人生にはままあるものだ」とした。
 金さんは「党の懐に抱かれて暮らせて、本当に幸せ」などと北朝鮮での生活を表現した。
 金さんは会見を終える前、記者団に向かって「未来志向的な観点で今回の対面結果を報道してほしい」とし、「以前さまざまな事件があったが6・15南北共同宣言をきっかけにすべては過去の話となった。今になってささいなことで過去の歴史を掘り返すのは誰の得にもならない」とした。また金さんは「8月のアリラン公演の際に平壌に来て、一度わたしの暮らしぶりを見てはどうかと母と姉に話した」と語った。そして「わたしの問題はこれで終わりにしてほしい」と話を締めくくった。
アン・ヨンギュン記者

「会見は北の政治ショーに過ぎない」
韓国の拉致被害者家族、失望感隠せず
 北朝鮮拉致被害者の家族団体は北朝鮮側が設けた金英男(キム・ヨンナム)さんの記者会見について「失望した」と話した。
 北朝鮮拉致被害者家族会の崔成龍(チェ・ソンヨン)代表は「拉致被害者問題の解決は拉致事実の認定が出発点」とし、「28年前に高校生だった金さんが自分の意志で北朝鮮入りしたという話を誰が信じるだろうか」と話した。
 北朝鮮拉致被害者・脱北者人権連帯の都希侖(ト・ヒユン)事務総長も「北朝鮮拉致被害者の家族の心情を政治的に利用したショーに過ぎない」とし、「政府は自国民保護という原則にのっとってこの問題を解決していくべきだ」と話した。
 北朝鮮拉致被害者の家族らは、今回のように離散家族対面行事に拉致被害者を含めて対面させる方式には問題があるとした。
 崔代表は「強制的に拉致された人と、戦争による離散家族は問題の性格も解決方法も異なる」とし、「加害者が先に謝罪を行い、送還を前提として問題に当たるべきだ」と話した。
 都事務総長も「北朝鮮側の言いなりになるのでなく、強い姿勢で交渉に臨むことが必要だ」と話した。
 高麗大の南成旭(ナム・ソンウク)教授は「北朝鮮が金英男さんを通じて、すべての拉致被害者が自主的に北朝鮮に渡ったか、やむを得ない事情で北朝鮮に渡ることになったと主張したものであり、送還要求をはねつけたもの」と評価した。南教授はまた「韓国も日本のように拉致当時の状況について具体的な資料を収集し、北朝鮮と交渉しなければならない」とし、「今回のように家族再会を優先していては問題は解決できない」と話した。
 政府当局者はこれについて「政府の目標も同じ」とし、「しかし北朝鮮が拉致自体を認めない状況で、家族にとって最善の方法を選択したもの」と話した。
 南北は「特殊離散家族」という名称で離散家族対面行事が開かれるたびに23人ずつ、合計26家族104人について非公式の対面を行ってきた。韓国はこれまでに計83件の対面を申請したが、北朝鮮側は残りの人々について「死亡」または「確認不可能」と通知してきたとされる。
アン・ヨンギュン記者
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