2006/8/31

ノーモア水俣病:50年の証言(14)(15)(16)  公害・薬害・環境・医療問題

ノーモア水俣病:50年の証言/14 認定審査会/上 /熊本
 ◇チッソ守る壁だった−−メモなどで明らかに
 「認定制度は、チッソを守る壁を作る制度だったんです」
 認定審査会発足当初から、棄却処分に対し行政不服審査請求で問題点を指摘し続けている水俣病互助会の伊東紀美代さん(54)は、実感を込めて振り返った。
 審査会のルーツは、59年に旧厚生省が臨時に設置した水俣病患者診査協議会。水俣病初の“患者補償”である「見舞金契約」の対象者を絞り込むための機関だった。同協議会は64年、条例に基づく県水俣病患者審査会となり、同年までに100人余りを認定したが、それ以降は「地元医療機関から患者の報告はない」と休止してしまう。後に判明するが、この時期、行政機関も医療機関も、水俣病に似た症状を持つ人たちに別の病名をつけていた。
 68年9月に「水俣病の原因はチッソ」と政府が公害認定。それまでは、差別を恐れ身を潜めていた被害者がようやく認定を申請し始め、翌年には審査会が5年ぶりに再開された。ところが、割り当てでもあるかのように、認定されたのは2年連続で5人ずつだった。
 当時は「水俣病は53年から60年に発生した」と対象期間も狭められていた。審査会は69年に公害健康被害救済特別法による機関に衣替え。そこで、同法に基づき棄却された故川本輝夫さんらが行政不服審査を申し立て、伊東さんは川本さんらを支援した。
 「水俣病は終わった」と考えていた人たちから大きな注目を集めるようになった71年、審査会はいきなり13人を認定した。川本さんたちの行政不服審査請求も「棄却処分の破棄差し戻し」という旧環境庁裁決を勝ち取る。この経過で分かったことがあった。
 「委員が、いかにチッソに気兼ねしていたかが『入江メモ』で明らかになったのです」と伊東さんは語る。
 71年10月に川本さんらが補償を求めチッソ東京本社を占拠した際、入江寛二専務(当時)の部屋から日記帳を見つけた。そこには審査会が一挙に13人を認定した後、委員の1人が「情勢から認定せざるを得なかった」と入江専務を訪ね、弁明したことが記されていた。
 川本さんたちが勝ち取った旧環境庁裁決でも審査会の様子が分かる。
 「裁決を決定的にしたのは、審査会の議事要点録でした」(伊東さん)。70年の審査会で「公害補償も考慮して慎重に」と申し合わせていたことが分かった。不服申し立てを受けた国の調査で発覚し、県の認定棄却処分が「不正」と裁定される根拠になった。
 だが、審査会はその後も、厚い壁として立ちはだかり続けた。伊東さんは現在も約25人の行政不服審査請求を支援し続けている。
 生い立ちを見ていくと、審査会がチッソと一蓮托生(いちれんたくしょう)だった姿が浮かび上がる。だからこそ、伊東さんは「審査会は一つでも被害者の正常なところを見つけて棄却しようとする」と批判する。
 審査会は、現行認定基準を事実上否定した関西訴訟最高裁判決を受けて、ようやく揺らぎが生じ始めた。県の認定審査会は04年10月に任期切れを迎えたまま委員が再任に応じず、休止したままだ。県の審査会の岡嶋透・前会長は「審査会が再開しても『棄却審査会』との批判を浴びる。補償体系を見直すことも必要ではないか」と漏らした。【水俣病問題取材班】
毎日新聞 2006年5月30日

ノーモア水俣病:50年の証言/15 認定審査会/中 /熊本
 ◇科学的検証なき“基準”−−「中枢説有利」でも見直さず
 98年12月、大阪高裁。元鹿児島県認定審査会長の井形昭弘氏は、関西訴訟で国側の証人として法廷に立った。井形氏は「77(昭和52)年判断条件」と呼ばれる現行認定基準の策定に深くかかわった人物だった。
  ◇  ◇
 原告側代理人 「末梢(まっしょう)神経障害が常識」とおっしゃるが、症状が合わない例がある。にもかかわらず、問題を積み残してきたんじゃないか。
 井形氏 困ったなとは思ったけれども、そのまま過ぎ去って。今後医学が進歩することによって明らかになると思いますけど。
  ◇  ◇
 73年にチッソと患者の間で補償協定が結ばれた後、認定申請者が急増した。同時に初期の劇症型と違い、感覚障害だけで水俣病かどうか判断しにくい被害者の存在が問題化。旧環境庁は75〜77年、井形氏らをメンバーとする水俣病認定検討会で基準を論議した。
 それまでの環境庁事務次官通知は、感覚障害や視野狭さくなど「いずれかの症状があれば水俣病」としていたが、検討会は「二つ以上の症状の組み合わせが必要」と厳格な基準を決めた。水俣病は有機水銀が手足などの神経を損傷することで起きるとする従来の「末梢神経障害説」に立ち「感覚障害だけではほかの神経炎などと区別できない」というのが理由。その後は、申請棄却が相次いだ。
 だが、関西訴訟での井形氏の証言などから、検討会が症例の実態調査などの科学的検証なしに基準を定めたことが、明らかになった。冒頭の証言からは、77年判断条件の大前提となった「末梢神経障害説」に、井形氏自身が疑問を持ち始めていたことが分かる。
 「水俣病は、有機水銀が大脳皮質を損傷して起きる」という「中枢神経説」の実証を進める浴野成生・熊本大教授らも証言した。感覚障害の被害者には、特定の場所ではなく、全身に症状がある▽症状が変動する▽かっけなどの検査で行われるひざの腱(けん)反射が正常−−という例が多い。手足など末端の神経が障害を受けたとする「末梢神経説」では説明がつかない現象だった。
 しかし、全身の感覚をつかさどる大脳皮質が障害を受けたのだとすれば、こうした現象は説明がつく。弁護団の追及に井形氏らは説得力のある反論ができず、高裁は中枢説を採用。最高裁も高裁の判断を支持し、原告救済につながった。
 関西訴訟の証言で、井形氏らは、明言はしなかったものの、腱反射などを示す申請者を「末梢説に合わない」と棄却してきたことを“示唆”した。関西訴訟弁護団長の松本健男弁護士は「自分たちの『経験』を『常識』としているだけ。認定基準はいいかげんなものだったと感じた。最高裁判決後も、基準を見直さないという環境省の姿勢は見過ごせない」といら立ちを隠さない。
 浴野教授はその後、天草の水俣病発生地区と宮崎県の非汚染地区の比較調査で、水俣病被害者は全身の感覚が健常者より鈍っているとする論文を海外に発表。中枢説を補強し、認定審査委員にも論文を送った。
 井形氏は今年2月、取材に対し「いろいろデータを見たりして、昔と考え方は変わってきた。中枢が関与していることは間違いない」と語った。
 ならば、認定基準を見直すべきなのでは……。
 記者の質問に、井形氏は「いやあ、難しいねえ……」とだけ答えた。【水俣病問題取材班】
毎日新聞 2006年6月13日

ノーモア水俣病:50年の証言/16 認定審査会/下 /熊本
 ◇末梢神経説と戦い−−自らの組織採取し実証
 水俣病の原因が、有機水銀による末梢(まっしょう)神経の損傷によるものか、大脳皮質(中枢)の損傷によるものか。現行の認定基準が決められる際、有力視されていた末梢神経説の「壁」を破る研究を続けてきたのが、熊本大医学部などで長年、神経を研究してきた熊本市在住の永木譲治医師(77)だ。
 「私自身も神経を取りました。ここです」
 永木さんの足首には数センチの摘出跡が残る。それは「末梢神経説」との戦いの生き証人とも言うべき傷跡でもある。
 熊本大大学院に進学したのは水俣病公式確認前年の55年だった。運び込まれる多くの患者を診察しながら、未知の病気に関心が高まった。「末梢神経がおかしいというなら直接、神経を調べなければ」と思っていた時、東大から来た教授が新しく神経内科の教室を開いたため、早速、助手となった。
 カエルの神経の電気反応などを通し、神経の仕組みに理解を深めた。海外では直接、人の神経細胞を取り、顕微鏡などで異常の有無を調べる生検(バイオプシー)で研究が進んでいることも知った。一方、国内はほとんどがマウスなどの動物実験だった。だが、動物種で障害の出方は異なり、人にそのまま当てはめられるとは限らない。水俣病の末梢神経説の主要論文も、動物実験を基にしていた。しかも、正常例との比較が不十分なまま結論づけられていた。
 「水俣病患者でバイオプシーをやりたい」と、水俣市の病院に就職した。85年、九州大の神経内科医らと出した論文では、精密な分析で末梢神経説を否定した。
 水俣病認定患者と健康者各8人の末梢神経でバイオプシーを実施。また神経に微弱な電気を流して損傷を調べる検査をした。患者と健康者の間にはバイオプシーで大きな差はなく、電圧の変化にも大きな差はなかった。一方、それまで「感覚障害だけでは水俣病と区別がつきにくい」とされてきた他の神経炎患者で同様の検査をしたところ、神経を伝わる電圧が明らかに低下。バイオプシーで神経組織の異常も確認された。神経を提供した健康者の1人は永木さん自身だった。
 現行認定基準は、末梢神経説を前提としているため、神経炎などの患者との誤診を防ぐために感覚障害だけでなく複数の症状が必要としている。しかし、永木さんは「(汚染魚を多食した人が)足の神経の電気の流れが正常で、ハリや筆などで感覚が鈍いことが確認されれば、それは水俣病特有の感覚障害ということなんです」と断言する。
 論文発表後、末梢神経説を唱える研究者から論文が届いた。患者と健康人で差がなかったのは「患者の神経細胞が再生した」との反論だった。しかし、その研究者は過去の論文で、末梢神経が損傷されて神経線維が減ると、代わりに神経として機能しない線維が増えると書いており、自己矛盾した論理だった。
 関西訴訟最高裁判決では、水俣病の感覚障害は末梢神経でなく「中枢損傷説」を支持した。それでも、環境省は認定基準見直しを拒み続ける。同省特殊疾病対策室は「症状が多い方が水俣病と診断する精度は高まる」と話すが、その裏では、感覚障害だけだという理由で水俣病でないと切り捨てられたままの多くの被害者がいる。【水俣病問題取材班】
 高校野球のチーム紹介などのため、しばらく休載します。
毎日新聞 2006年6月20日
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