知人が最近この本の著者と面識を持ったらしく、「あなたの好きそうな内容だよ」と勧めてくれた。なんでも高尾山のパークボランティアで、かつ、お山に祀られている神仏を調べ…と、確かにそういう人って私にとっては“どストライク”で素敵かも。(^^)
さて。
この本によれば高尾山の神は“飯綱権現”であり、長野・戸隠山塊の“飯綱山(飯縄山)”にそのルーツがあるのだとか。高尾山には私も毎年のように行っているが、これまであまり深く詮索したことがなく、「あちらこちらに天狗さんがおられるお山」くらいにしか思っていなかった。どうやらかなり複雑に「密教・修験道・神道の神々と神格化した天狗が合体した」状態にあるのが、今の高尾山の姿らしい。
で、この書中で展開される微に入り細に渡る著者の検証作業なんですが…とてもとても一口では説明できましぇーん。「興味があったら読んでください」としかいえないです、はい。(って紹介の仕方はどーよ!?)
それでもひとつだけ。特に私が興味を引かれた“飯綱の法”のくだりを。
西日本の“犬神”が知られるように、かつて東日本には“飯綱の法”と呼ばれる呪法があった。それは“管狐”(竹筒に収まるサイズのキツネ)を使って憑依させることを特徴としたらしい。キツネ…に類するごく小型の食肉目を探せば、日本産イタチの仲間のオコジョとイイズナが思い当たる。案の定オコジョはかつてクダギツネと呼ばれていたし、イイズナはその名前ズバリが由来のようだ。それらは飯綱権現の眷属と目されていたのだ。
さらにさらに。
“飯綱”はかつては“伊豆那(イズナ・イヅナ)”と読み書きしていたというから、“伊豆(イズ・イツ)”ならば“稜威・巌”で、地名と同様に神威を表した言葉のはずだから…
嗚呼。やっぱり“どストライク”か?(笑)


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