2007/11/17

「比較」の下劣さについて  議論

ここ最近、作品または作家Aを讃美するときにB、C、Dとべつの作品または作家を列挙し「B、C、DよりもAが素晴らしい」と「比較」することの、批評としての甚だしい幼児性・下劣さにあらためて気づかされることが増えた。というより、そうした「比較」はただの小狡い「後出しジャンケン」であって批評とは呼ばないし、批評家を名乗る者のすることではない。もし「比較」が批評として(ヴァイオレントに)機能するとしたら「最悪のAのほうが最良のBより上」というはっきりレベルが違っている場合の最後通告的用法に限られる、という気がする。
星取表とかベストテン(点数式)などにそこはかとなくおしめの匂い(田舎議員のハメをはずした赤ちゃんプレイみたいな)が漂うのもそのせいだろう。
しかし、そうした批評の倫理の何たるかを学んでいく方法というのはただ先行する文献を「読む」しかないのだろうが、そういう書き方をするひとはきっと読んではいてもおそらく気づいていない。それなりにまともなことを書くひとでさえそんなことがある。いったいいつ気づくのか。こうやって誰が見ているか考えもせず、ブツクサ書きたくもない嫌味をひたすら書き募るしかないのか。ことはネットにかぎったことではないのだろうが。
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