2008/2/17

ジミヘン元年。  日常

昨日もまたへとへとに疲れた。朝から六時間の打合せ。スタッフルームで久しぶりに二名を除くメインスタッフが揃った。だが誰もが多忙を抱え、落ち着いて再会を祝しつつ盃を交わす余裕などないのだった。かくいう私が真っ先に解散、久しぶりの講義のために京橋へ移動。コンビニで買ったジャンバラヤと豆腐サラダを貪って、二時間喋った。気絶しそうなほど疲れた。でもスーパーで猫の餌を買ってから家に帰り、二時間放心したのちに、いつもどおりジミヘンを聴きながら二つゲラを直し、寝床に入ってジミヘン本をようやく読了したら明け方に近かった。先日、死の直前の部分を読みながら地下鉄駅で嗚咽してしまったが、死後までも続く凄惨さはやはり軽はずみな感傷など許しはしないものだった。チットリン・サーキットという言葉を知った。そこでの修行時代の話が最も愉快だった。というか、愉快だったのはそこだけだと言ってもいい。あとはただ凄惨さだけ。もっとも、たとえばビーフハート本には愉快なところなんかどこにもなかったけれど。しかし「自分の父親が誰かわかるフランス人は幸せだ」という誰か(誰だっけ?)の言葉があるけれど、それはアフリカ系アメリカ人のための言葉だろう、本当は。まあしかし、そういうこととは無関係に、私の友人知人では中原だけがジミヘンと同じ匂いを持っているな、と思った。不器用な天才。でも中原はboidというよき理解者によってこれから幸せになるかもしれない、といま淡い予感を感じている。そうなるとうれしい。4月20日のライヴにはぜひ行きたい。
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