2009/5/2

初別役からクレタ島へ  演劇

演劇は映画館よりずっと他のお客さんが集中しているから、こちらも集中して見ていられる。昔はそんなこともなかったが、いまの映画館はホントにお客さんが落ち着きがないように思う。それでだんだんと映画館から脚が遠のく。
それにしても週に二本も(妻は三本だ)自分が演劇に行くとは思ってもみなかった。木曜日は柄本明演出・主演の一人芝居『風のセールスマン』。自慢じゃないが初の別役実戯曲を見たことになる。暢気な話で終始するのかと思ったらやがて救われない話になっていき、最終的にはむごいのだけどやはりこのタフさを持っていかないとダメだな、と大いに共感しえた。それにしてもあの目はなんだろう。スバルビルの地下にある目によく似ている。一人芝居ということをどうやってやるかと考えていたが、基本的に客席があって、加えてあの目と空に話しかける具合で展開するというかたちになっていた。それはそうだ。それは、文章を読むのではなく口語であることの重要さだなあ、ということだった。犬屋という言葉に惹かれた。犬屋というのが昔実際あった気がした。ただ、犬屋があった昔と話の時代とは必ずしも一致せず、だから犬屋の一言で妙な空間にいる気にもなった。
きっともっと別役実について知った方がいい。けれど戯曲を読むのは難しい。上演されることがあったらまた見に行こう。これだってもう一度見たい。戯曲のためだけではなく、柄本さんのパフォーマンスをもっと細かく見ることができるように思う。それはとても勉強になる気がするのだ。たとえばどこで暗転させるか、などのことももっと考えてみる。

紀伊国屋ホールは満員だったが、昨日の映画美学校でのパウロ・ベンヴェヌーティの公開講座は凄く面白かったのにガラガラで、美学校の生徒もダメになったもんだな、勉強しようという気概がないな、と呆れた。もっともパウロは『魔女ゴスタンツァ』を参考試写したのに新作(DVDで見たが傑作)『プッチーニと娘』の話に終始して、凄く面白かったけど見ていない学生は話についていけなかったかもしれない。
もう九年になるがロカルノでペドロとパウロを同時に知って、それから去年は『シルビアのいる街で』のホセ・ルイス・ゲリンを知って、この三人が年齢は離れているけれどやけに似ている気がする。ペドロとパウロはかつてちっとも似ていないと思ったけど、いまは似ていると感じるのはなぜだろう。気がつくと三人とも地中海に連なっている。そろそろアンゲロプロスの子供世代の監督がギリシアから出てきてもいい、などとも考えた。
そういえば夜、LJでクレタ島だかミコノス島だかの話をした記憶がある。どういう話の流れか忘れたが、牛の頭のお化けの話をしていた。あと、大先輩のロッカーを「この歌唄い」と呼んだら「この動画撮り」と言い返されて、えらく大笑いしつつ尊敬を新たにした。
朝、大きな声で鳴いている鳥がいるな、と見上げるとオナガがいた。
トレーニングによる筋肉痛でからだがガチガチだ。
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