2009/5/13

ラン!オートリ!ラン!  演劇

シアター・コクーンにて、作・清水邦夫、演出・蜷川幸雄による再演『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』。いや、鞠谷友子さんの歌は素晴らしかった、とか中川安奈さんの演技もりりしかった、とか横田栄司さんもダイナミックだった、とかいろいろある、いろいろあるのだが、しかしあらゆる意味で人間としての出来がちがっているひと、いやはたしてもはやあれはひとと呼べるのかどうかさえ自信が持てない存在、いや存在していたと確定していいのかどうかさえわからない、そういうものであるところの鳳蘭が出てきた途端すべては、その恒星の輝きによって一旦視界から消え、鳳蘭だけの世界となった。二時間四十分のうち、鳳蘭が登場する時間はものの四十分というところだろう。それでももういっぱいいっぱいである。あれ以上登場されたら周囲のひとは霞みすぎてやる気をなくすにちがいない。観客としての私も壊れる。きょうのところはこれくらいでかんべんしといてやるわ、的な。これほど反=民主主義的なことが許されていいのだろうか。……いいのだ。女性たちがなぜタカラヅカという場に魅了されるのか、この問いに対する答えは、そこにかつて鳳蘭がいたからだ、しかないのではないか。まあ私の場合男性ですけど、にもかかわらず鳳蘭が舞台のてっぺんに登場した瞬間、全身に震えが来て、涙が溢れましたよ。いやマジで。なんでしょうね、あれは。本当なら見ることのできないものを特別に見ることができた、みたいな感激。権力とも金銭とも性的魅力とも無縁な独自の価値領域を創りだし、その絶対的な美しさ、優しさ、気高さが発する輝きによって世界を一変せしめる。それが鳳蘭である。おそらくこのようなひとこそ、百年に一度、とか不世出、とかいう形容句に相応しいのだろう。私は奇蹟を視た、と言っておきたい。
……といったことを終演後、待ち合わせて明け方まで痛飲しながら某大俳優に語ったところ、大いに納得してくださった。このひとも負けず劣らずすごいんですけど、オーラ。

ちなみに。ラストにタイマーズ版〈デイ・ドリーム・ビリーヴァー〉が流れたので、訊いてみると稽古中にすでに決まっていたそうである。

小沢がついに辞任した。はあ。

それにしても昼から一日じゅう仕事して頭が重い。
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