2009/7/9

恩知らずと怯えの世界  音楽

スイスにてイーノについて友人と語ったついでに買ったデイヴィッド・バーンとの久しぶりの共作『Everything that happens will happen today』を聴いているのだが、昨年の作なのにどうしてこれ、邦盤が出ていないのか。あまり最近の音楽を聴いているわけではない自分が聴いても、かなりのド傑作と思われるのだが。イーノとバーンによってどれほどの日本の音楽好きが八〇年代に救われただろうか。そのことをまぎれもない現在として噛み締めるための名盤だと思われる。私もまた例外でなく、当時畳に寝転がってかじりつくように聴いていたラジオからトーキング・ヘッズの〈シティーズ〉が流れてきて、あ、と時代を実感できた瞬間を今でもすぐに思い出せる。その畳の匂いさえ記憶している。そのときを越えるとまでは言わないが、でも最近これと肩を並べるほどいいアルバムは湯浅湾『港』しかなかった。どうやらどことも契約していないレーベルからのリリースのようだが。

新聞を読むと「誰でもよかった」無差別殺人がことさら悲痛に語られている。それと世界中で起きている民族間抗争を安易に同一視してはならないとは思うものの、それでも大差ない気がする。要はどちらも戦争と大差ないということだ。戦争だって敵なら殺す相手は「誰でもいい」わけだが、日常空間でそこまではできないからこうなっているだけだ。そうしてそれらすべて、他者への、貧困への、隣人への恐怖を煽りたてるさまざまな風説がつくりだした妄想であることをもうちょっと真面目に考えた方がいいのではないか。怖がりがさらなる恐怖を生む世界。そうやっていつまでも洗練されない世界。
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