2009/7/22

仙人願望について  日常

約一日半、岩手の山奥にいた。なにをするでもなく、ただ撮影現場を見学したり、読書してみたり、いきなり山道を十五キロ近くウォーキングしてみたり、あとは合間に温泉。実際申し訳ないほどリフレッシュさせてもらったのだが、いざ東京に戻ってみると早々にやる気を失わせることばかり起こる。
なにもかもバカバカしいとしか思われない。金は羽が生えて飛んでいくし、必要な期日までに満足な額が支払われるかどうか不安ばかり与えられるし、そもそも仕事そのものが自分の満足からかけ離れている。産業としての限界ばかり見させられ、制度はこちらを守るどころかじわじわ首を絞めるだけだ。
せっかくのリフレッシュが台無しになってしまって、ふて寝。まあ、たんに湿気でうんざりしてしまっただけかもしれないが。こう雨ばかり降ると酒も美味くない。それにしても解散だの日蝕だの、世間のほとんどがうんざりさせられることだらけじゃないか。

あの岩手の山奥で、情報などとまったく無縁に生きていくことを想像した。もちろん夏のこと、雪に埋もれることを想像すれば潰える夢だ。だがろくでもない仕事ばかりの業界とつきあっていくくらいならそのほうがずっと健全ではないか、と真剣に考える。山奥といっても、七時に宿を出て昼には東京にいた。あそこがいいところだなどと都合よく想像しているのではない。駅前にパトカーが停まっていて、警官が一時停止しなかったという理由で私の乗っていた車の運転手をねちねちいじめていた。ほとんど車も人もいないところでなにを言っているのかと呆れる。どこにいたってああいう人間はいるし、排他だってある。だからいいところだなんて言うつもりはない。でもここよりはましだ。うんざりする人間というのは、つねに他のどこかが「いまのここよりはまし」と思うにちがいない。それはわかっているが、しかし私はいまやほとんどの仕事をやめたくなっている。やめて誰も知るひとのいないあそこに戻って行きたがっている。

あるところから某氏と対談してくれと言ってくるので快諾したら、数日後にその某氏と連絡がつかないので代わりに連絡を取ってみてはくれないだろうか、というお願いが来た。甘えるのもいい加減にしろ、だ。とりあえず無視している。ここで、はいはい、と連絡したらそいつのためにならない。一方、ふざけんな、と呶鳴ってもやっぱりそいつのためになる。私は両方、やめた。つきあってはいられない。
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