2009/8/15

ポエムですね、メルヘンですね〜(合掌)  追悼

ひたすら無念としか言いようがない山城新伍氏の逝去だが、表題は、私には「笑アップ歌謡大作戦」で連発したこのフレーズの持ついんちきさこそ山城氏の真髄ではなかったか、と思われ、書き付けておきたかった次第。いささかも押しつけがましくないある種の優しさを含んだその唐突な感嘆には、往年の則文師匠作品における詐欺師まがいの男に宿った狂気と紙一重の真剣さの、遠い木霊がある。
一時期本気で中原昌也氏に「山城新伍になってくれ」と口説いたことがあり、というのもあのような得体の知れない微妙な感覚を体現してくれる存在など氏以外に考えつかず、もし実現したらそれほど貴重なことはないと思われたからだが、しかしやはりここで、どうして若い俳優たちのうちに山城を目指す者がいないのか、と苦言を呈することで追悼に代えさせていただきたい。山城はまちがいなく目指されるべき高峰である。たとえば「勝新になる」ことが百パー無理なのと同様に、ほとんど不可能な領域だ。しかし山城というひとつの性格は、高橋貞二や藤村有弘、山茶花究がそうであるように、勝新のいない場所においても必需品である。現在の日本映画、たとえば数時間前にテレビで見た「登場人物の誰も彼もが二枚目」みたいな『容疑者Xの献身』ではその「二枚目」を成立させるために潤沢な予算がふんだんに使われていたが、どんなに下品に金をかけたってあれが「映画」になるためには数多くのものが不足しており、そのひとつが山城新伍的性格だと言わずにはいられない。いわば「金では買えないもの」が「映画」のライフラインであり、山城曰くの「ポエム」や「メルヘン」こそ、その「金では買えないもの」なのだ。

心からのご冥福を祈りたい、というより、できるなら帰ってきてほしい。
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