2009/9/24

こういうのを国辱というのだ!  テレビ

NHK『白洲次郎』第三部。ここへ来ていよいよ主演俳優がまったく使えないことが明白に。台詞ひとつまともに発せない。くずだ。加えて正子を語り手にする意味が全然見えない。中谷美紀が好演(特に晩年)すればするほどそこから遠のく。正子にはまったく興味がないし、そもそも日本現代史は青春物語ではないのだ。河上徹太郎があの程度のコミットでいいのか? とはいえ大筋として必ずしもシナリオは悪くないのだが、ホイットニー(「核の光を満喫」の場面の演出、最悪)やらケーディスやらあんなに軽率にしか描けないのであればやる意味はない。あれらをどう描くかが肝なのに。だからビル・マーレイやらエドワード・ノートンが必要だというのだ。マッカーサーはビアーズ・ブロスナンでよろしい。まさかクリントとまではいわない。けれどそこらへんを持ってこなければことの重要さは響かないのだ。最も重要なウイルビー(ヴィゴ・モーテンセンしかないだろう!)さえ出てこないではないか。そこらへんのキャスティング・描写を怠る編成・製作・演出は最悪に杜撰・僭越・傲慢というに尽きる。いや、それらはNHK自体の不遜だ。いったい一国の命運を決する場面で誰が真俯瞰にキャメラを設置する権利を有するだろうか。いったい近衛の息子がソ連で殺されたことへの私怨はどこへ行ったのだろうか。ラスプーチンなどと揶揄されながらそうした描写さえ奪われた次郎の遺志を思って、悔し涙が溢れた。本当にラスプーチンの写真を酒場にまで持ち歩く記者がいたのか。製作者の見識を疑う。勢いでこの際言うが、大友良英の音楽の使われ方も前代未聞にひどかった。大友さんは西岡さんの脚本のもの以外でのNHKの仕事をやめるべきだ。
ほとんど負け惜しみだが、私はこれこそを国辱だと信じて疑わない。
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