2009/10/27

すかいらーくがなくなる  日常

いまでこそほとんど出入りしないが、かつてはしばしばファミレスというもののお世話になった。しかしファミレスを字義通りに使ったことは一度たりとない。つまりファミレスにファミリーで入ったことはないということだ。友人やスタッフと入った場合を例外として、ファミレスにはつねにひとりで入った記憶しかない。だがファミレスのファミレスたる所以は、たぶん子供を連れたお母さんの友人たちとのランチにもっぱらそのニーズが偏っていたから、だと推察される。なにしろ子連れヤンママだらけだったから、私の知るかぎり。そして、そこでなにが話されていたかも、社会学的にひとつの文化史を形成するだろう。ファミレスの語る文化史というものは、きっとあるはずだ。
すかいらーくがガストに移行しはじめたのは私がまだ助監督のころだから、九〇年代前半のことだろう。ロケハンといえばファミレスだった時期のことだ。学生時代はファミレスでさえ懐具合によったが、卒業後の食事をもっぱらファミレスに頼っていたのは上野毛時代のジョナサンと大森時代のデニーズで、いま近所にあるロイヤルホストには一度か二度しか入ったことはない。桜上水時代や自由が丘時代は近所の定食屋がほとんどだったのでファミレスの記憶が薄い。大森時代は、やたらと独り者の率が多かったのが印象に残っている。二人掛けのテーブルに一人で座り、スイーツを嗜むヤンエグなどけっこう目撃したものだ。しかし当時の私がヤンエグでさえなかった、そのことが記憶の中核をなしている。
最近だとごくたまに、ダビング作業中、スタジオ食堂の日曜休みなど、麻布十番のジョナサンには入っていた。そういえば実際には、外食で食い物に頓着するということ(いわゆるグルメ)がほとんどないのだった。家にいたほうがうまいものを食える、という認識のほうがずっと強い。
それでもすかいらーくがなくなるのは、なぜかちと寂しい。

本日のDVDは『ミスター・ノーボディ』と『天保十二年のシェイクスピア』。いろいろと参考にはなったが、舞台だろうと映像だろうと、芝居というのは結果論でしかありえない、つまりメソッド化は無理、ということが実によく分った。つねにナマモノってことだ。その事実こそが私の確認したかったことなのだが。それにしても、すでに五年前になる『天保〜』の高橋洋と鞠谷友子のからみは驚嘆すべきではなかったか。演劇の批評というのは読んでもほとんどアホらしいし、無に等しいが、これはひとつの事件だろう。ここで騒がれなければおかしい。鈍感というだけでなければ、ナマモノを言葉にする危うさをサボタージュしているに過ぎないのだと痛感する。
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