2009/11/7

清張と小倉  書物

木曜はアテネフランセにおける万田邦敏監督の特集上映に赴き、小出豊監督によるドキュメンタリーを見た。もう少し編集に手を入れる余地があるように感じられた。終了後、万田さんと水道橋「天狗」でワインを呑んで、始発まであれこれ食っては喋った。こういうのは昨秋のパリ以来だ。シテ島内のレストランだったか、あの日は吹雪だった。それはそうと、最近の万田さんは小津などと一緒に写真に収まっている里見トンにそっくりだ。

金曜は松本清張デー。短篇「黒地の絵」「張り込み」「西郷札」「ある「小倉日記」伝」などなど、片っ端から読んだ。朴訥な感じが好かれたのだろう。地元関連で言えばいまもある地名やすでに失われた地名が混在し、正確に特定できる場所もあればなぜかぼやかしている地名もある。様々な配慮もあったのだろう。ただ位置の描写や移動時間などに若干混乱を感じるところもあり、清張が必ずしも(たとえば大西巨人のような)厳密なリアリズムに徹したわけではない感は残った。「黒地の絵」のモデルになった事件は1950年。母は二十歳で、小倉の大学に通っていたはずだ。そのときのことを聞きたいが、さすがに言葉が出ないだろう。父は当時熊本にいた。母より五つ下の叔母に訊けばなにかわかるかもしれない。と、いろいろ調べているうちに増村が『黒い福音』をドラマ化したものがDVDで出ていることを知り、慌てて注文した。感想は後日記す。

夜更けに事務所にいると、外から呼ぶ声がするので振り返るとA氏連載取材を終えたA社編集者I氏、カメラマンI氏が通りの向こうにいる。手を振って招きいれ、しばし歓談。目と鼻の先に住む編集者I氏は座るなり泥酔。カメラマンI氏とは拙作撮影終了時以来数年ぶりで、四方山話に花を咲かせた。秋の椿事。
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