2010/1/23

不穏な醜聞には長寿の強靭を  労働

今週から着手したプロジェクトの足場を固めようとして、今夜突然その足場から不穏な醜聞が流れてきた。この醜聞が本当かどうかはどうでもよくて、ただ醜聞によってこのプロジェクトが流産するようなことがあれば、私は精神的に遁走してしまい帰って来られなくなるのではないか、とそれが恐ろしい。いや、これがダメでもまだ次が、さらにその次が、と用意してきているのだから、そう易々とくたばらないぜ、と自分に懇々と言い聞かせる一夜。
だが醜聞というものには底知れない恐ろしさがある。触れるたびにこんな業界に生きているのを後悔する。そうそう、私は『醜聞』という黒澤明作品を偏愛していて何度も見ているが、それはあれのとてつもなくスピーディーな語り口がベッケル『幸福の設計』に似ているからなのだった。と、そんなことでも考えながらでなければ気は紛らわせず、どうにかシナリオを二本、同時に推敲しつつ、デミ『レイチェルの結婚』やバームバック『イカとクジラ』などDVDで見た。しかし決して悪くないそれらを見ながらも脳みそはオリヴェイラ的峻厳さを激しく欲求していることに気づかされる。早く『コロンブス』に行かなければ。いかなる醜聞にも打ち克つ強靭さをオリヴェイラが与えてくれるにちがいないし、カットを割った方が撮影は迅速かつ鮮度を保つ、というものだ。
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