2007/7/18

地震、そして映像の未来  日常

テレビ画面に映る最悪(終末的)の映像と音声、つまり黒煙を上げる原発と取材者(男)のヒステリックな声、そして記者会見の席での原発関係者(全員、男)たちの「いや、その日が来たら俺も死ぬんだしだから責任取りようないし、それがいつ来るかなんてまったくわからないんだからしょうがないでしょう」とオタク文化へ至る高度成長期顔に書いてある記者会見など見ていると呆然とするしかないのだが、ああいう顔しか男たちにはできないはずで、そんなものを映画にすることは間違いなく犯罪的(それはかつて浅間山荘事件を映像化した『突撃せよ!』とかいうものに酷似するだろう)であって、と同時にあらゆる場所で男たちはああいう顔で薄い絶望へとナルシスティックに沈むしかないようだから、今後すべての映画は(オタクだの高度経済成長だのバブルだの高学歴だのの記憶を一切まとわぬ顔をした、あるいはさせた)女性のみを描くべきだしそれより他に方法はない、といったことを思い巡らせて意気軒昂な映画監督は……実のところ男でも女でもない何かなのだろうか!?

。。。などと石垣島(取材)へ出発する一時間前に思う。
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