2010/6/7

美しき五月のこと〜その3  ツアー

すでに記憶は曖昧になっているが、つづきを。
そののちの日々、昼はアトリエ会場でいただき、午後は撤収中の、あるいは無人の(この場合は無断侵入である)ジャパン・パビリオンで取材、あるいは打合せなどを続けながら過ごした。で、夜は毎晩、クラウディア・カルディナーレ系美人の給仕してくれるイタリアンで、東京フィルメックスの市山さんや東京国際映画祭の石坂さん(『下女』のリメイクにかなりおかんむりだったのが印象に残った)など、毎度お世話になっている方々を含めた日本の人々と過ごした。で、夜が来ると自然に眠くなる日々。
途中、アトリエのフォト・コールがあって、パレの屋上に行くとホン・サンスとアピチャポンが続けてフォト・コールやっていた。そのときは知らなかったが、いま思うにパルム・ドールと〈ある視点〉グランプリの二人じゃん。ホンさんには声をかけて自己紹介しておいた。
で、最終日はそのホン・サンス『ハハハ』。いや、まあ相変わらず、といえば実に相変わらず。べつに洗練されるわけでもなく、ほとんど『母なる証明』を軽く嘲笑するような、というと穿ち過ぎかもしれないが、なんかそういう話。にもかかわらず、まったく飽きずに見ていられるから不思議。で、相変わらず二の腕の勝利。
同僚、汐巻氏と初日に廣瀬夫妻らと食事した店でランチして別れ、その後再びテリー小山内と会って、パレ近くのゲイ&レスビアンフェスティヴァルの授賞式会場になる、という店でぐだぐだ昼ワインしながら帰路に着く。
帰り道はかなり渋滞していたが、なんとか無事到着。シャルルドゴールでフランス映画社柴田社長とばったり。機内ではべつべつだったが、成田着まで細かくいろいろ重要な話を聞き、JLGのバッジを貰い、大島渚監督へのメッセージTシャツにサインさせていただいた。

で、帰国後もいろいろあったが、割愛。すでに六月である。
第一週は、というか帰国の機内からずっと、四方田犬彦氏との対談のために氏の最近の著作数冊を熟読するのにほとんどの時間を費やしていた。その対談を無事に終え、さらにその翌々日には蓮實先生、黒沢師匠との鼎談最終回。ほとんどこれらの準備だけでへとへとになった。殊に後者は、自分の発案でもあり、かつ人生半ばの大きな仕事のひとつの完結ともなり、終了後はなんだか予想外に感無量な一夜を個人的に過ごした。
で、土曜日は完全オフ、ということで妻と新宿での国際ミネラルフェア。石好き、化石好きの集まる一種独特のコミュ。始祖鳥の化石でどうしても欲しいやつがあったが、七万円とはいまの自分には高額過ぎて断念。漫然と満員の西新宿をあとにした。
そして本日はさいたま芸術劇場まで出かけ、蜷川&井上『ムサシ』。思いのほか、悪くなかった。というか今後の自分の仕事の方針を深く考えさせられた。

というわけで、ようやく現在に追いついた。しかし明日からはあまり書くこともないだろう。

9



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ