なかなか素直には喜べない

こないだ上巻と中巻について書いた長編架空戦記の草分けシリーズ完結編の最終巻です。初巻の刊行から18年を経て、ついに最終幕が語られるということで、25日の発売を待ちわびて購入し、昨日やっと読み終えました。
上巻・中巻に比べて明らかに分量が多く、600ページ近くあるのですが、値段は据え置きで660円。最近の文庫にしてはずいぶん安い印象があります。
以下、ネタバレなしでは話ができないので、結末まで明かしてしまっています。ご了解下さい。
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(Book)
ええと、とにかく完結しました。この再編集バージョンでも最後までいかないのではないかという懸念もありましたが、最後まで語られています。しかし・・・これはなんなんでしょうか。ピリオドが打たれただけで、読者に提供された内容はほとんど増えていないのでは?
まず、中巻では烈風が登場し、初陣を迎える直前までが描かれていました。サブタイトルには「烈風篇」とされていましたが、事実上中巻には烈風はほとんど登場しなかったわけです。この時点で元本15巻のうち8巻くらいまでしか消化されておらず、果たして残りをどうやって1冊に収めるのかが不思議だったというのはこないだ書いたことです。この本では最初に「山木聯合艦隊司令長官撃墜未遂事件」から北太平洋海戦に至るまでの経緯が語られ、そしてついに三田六郎大尉(戦没後中佐)の壮絶な戦死を迎えます。ただ、元本で感じたほどのカタルシスはなぜかそこにはありませんでした。その後、風間一飛曹(当時)は三田大尉の念が乗り移ったような八面六臂の大活躍を演じた後、重傷を負って一線を退くことを余儀なくされます。この後、本来なら彼が栃木の生家に戻り、彼が戦死したものと思い込んでいた家族に幽霊扱いされ、さらに将来の伴侶とすべき野沢路子と再会する名シーンがあります。実際に彼が東太平洋海戦で撃墜破した敵戦闘機は7機とのことですが、それが十機に水増しされ、その武勇伝が独り歩きしてしまっていることは既に語られています。ですが、この郷里で再びその噂が繰り返されるところで、私は思わず涙してしまったものです。なのに、この再編集版ではそこがまるまるカットされてしまっています。なんということでしょう。
その後、主人公は教育部隊付けからベテラン揃いの「天狗部隊」に編入されることになり、米軍の戦力再建に対抗すべくトラック島へ向かい、しかしここで最新鋭の烈風すら完全な優位を保てないことを思い知らされます。さらに、米軍はVT信管を実用化し、従来の急降下爆撃と雷撃では相手の空母に致命傷を負わせることは至難の業となっていることが明らかにされました。さらに彼は再びラバウルに進出し、ここで消耗戦に参加するわけですが、本来のタイトルになっている「ラバウル烈風空戦録」に合致する状況はここしかありません。もともとの新書でもあまりボリュームがなかった筈ですが、この文庫では30ページ足らずで、戦闘描写はほとんどありませんでした。
さらに、新鋭烈風をもってしても、米軍の物量と技術力(VT信管とレーダー射撃)に対抗困難となったところで、新書ではいくつかの新兵器について語られます。そのうちのひとつがこの文庫のタイトルにもなっている閃風であり、これは日本海軍最初のジェット艦戦ということになっています。この作品で閃風が実戦に参加したのは1945年の秋。実際の日本でも敗戦時にはジェット機、ロケット機の開発は進んでいましたから、全くの夢物語ではないのですが、当然この時期に実用化できるとは思えません。それを可能にしたのがドイツからの技術供与ということになっています。さらに、これもドイツから供与された音響追尾技術を日本の酸素魚雷と組み合わせた音響追尾魚雷、そして原爆は開発力が足りず間に合わなかったものの、日本もそれを保有することを匂わせることによって米軍側からの使用に歯止めをかける、という方策で日本は継戦します。大体この辺までが親本で語られていた内容です。
ただ、既にB-29による本土爆撃も始まっており、米軍の新造空母は毎月進水する状態で、日本にしてみれば「落としても落ちしても、沈めても沈めても」という果てしない有り様。しかも問題は艦隊決戦や大規模航空戦だけではなくて、むしろ南方からの資源を本土に運ぶべきシーレーン防衛戦です。既に外伝と言う形で、台湾沖海戦が起こって米軍に手痛い一撃を加えるということは語られていましたが、たとえ多少の技術的優位があったとしても、これだけ圧倒的な物量にいかにして立ち向かうか、そしてあと3年ほどの期間、航空戦はいかなる様相を呈しているのか、そういった疑問への答えが与えられる筈でした。さらに、主人公たる風間が、閃風を駆ってどのような戦いを繰り広げるのか、ひいては究極の局地戦闘機呂式震電はいかにして登場し、B-29にどのように対抗するのか、あるいは日本のジェット戦闘機の好敵手となる米軍の航空機はいかなるものなのか、というのも興味の対象でした。
しかし、この「語られざる3年間」について割かれたページ数は100ページに満たず、しかもその多くが外伝の再録です。風間は閃風の慣熟に携わったという設定になっているので、実戦参加の前に散々閃風には搭乗しているのですが、そのまま試験部隊に残ったために、閃風がいかにヘルキャット、ベアキャットに見参したのかという具体的な描写はありません。確かに、なぜかこの後風間は空母部隊に配属され、閃風を駆って米航空隊を殲滅するのに参加するという記述はありますが、やはり初陣で閃風がどのような活躍を遂げたのかというのが読みたかったものです。また、試験部隊に残ったおかげで呂式震電の試験飛行も行うわけですが、これまでならひとしきり語られた筈の開発譚も舌足らずで、閃風との差別化が伝わってきません(閃風は艦戦で、震電は局地戦ですから、おのずと求められる性能も違うのですが、ジェット時代にどのような性能の違いが求められ、それをいかに実現したかが知りたかったのです)。あげくは1947年初め、本土上空でB-29を撃墜した時の後遺症で、風間(最終的には中尉まで昇進しました)は半年間の飛行差し止めをくらってしまい、1947年を無為に過ごしますし、ようやく復帰しても今度はなぜか米軍が消極的になったせいで相手が飛んでこなくなってしまいます。腕を撫するうちに1948年はあっという間に過ぎ去り、米ソの仲が険悪となってソ連軍が満州・中国・千島に侵攻するのを機会に米軍はソ連と戦端を開き、その一方で1948年12月4日、日本と和平を結ぶという経緯がほんの4ページあまりで語られます。この後に最終章という一節がありますが、ここには風間はほとんど登場しません。そうして後書き。実は後書きが一番気になっていたのですが、我慢して我慢してここまで辿り着きました。書きたくて書けなかったこと、どうしてこのような形態になったか、恐らくその一端が明かされると思っていたのに、後書きも2ページ。それも木で鼻をくくったようなものです。
まあ、米ソ協調がうまくいかなくなったから日米停戦に至るというのは極めて妥当な展開だと思いますから、そこにけちをつけるつもりはないのですが、結局停戦時に日本はどれくらいの勢力圏を維持していたのでしょうか。反共反ソということでは蒋介石の国民党政権とも利害を一致させていた筈ですが、米英はともかくとして中国とはどのような交渉がもたれていたのでしょうか。米軍がソ連軍に攻撃をかける描写はありましたが、ここに至って日本はどのような態度で米国に接したのでしょうか。その後の世界はどんな展開を見せたのでしょうか。米英と単独和平を結んだドイツは、東欧でソ連といかに均衡を保ったのでしょうか。日本の軍事力は停戦後も維持されたのでしょうか。そもそも日本の政体はいかなるものだったのでしょうか(前にも書いたと思いますが、この作品世界に天皇制を連想させる記述は出てきません。年代は全て西暦ですし、日本の国歌は「さくら」です)。
さらに細かい話になると、初陣では圧倒的な活躍を見せたであろう閃風も、震電も、1948年に入ると制式化されてから2-3年が経過しています。その時期になっても米軍機と互角以上の戦いが続けられていたのでしょうか。戦争終盤の風間にこのような腑抜けじみた生活を送らせる必要があったのでしょうか。野沢路子とのロマンスはその後なかったのでしょうか。大和級戦艦はその後どのような運命を辿ったのでしょうか。
こういう形で話が終わることを期待すべきだったのでしょうか。繰り返しますが、停戦へのタイムテーブルは既に明かされていて、そこへいかに軟着陸するかが問題。しかしこの文庫では軟着陸どころか、胴体着陸のような強引さ。肝腎の航空機も主人公も見せ場があまりない。蘊蓄も語られない。いや、展開的に苦しくなってきているのはわかるんですが、せめて一冊分のボリュームを使って、ある程度丁寧に話を追って欲しかったんです。なにも風間を本土の昼行灯生活で終わらせなくてもよかったでしょうし。
なんだか、すごく残念です。今でも愛着はあります。このエンディングを否定するつもりはありません。でも、川又さんが書けないのなら、誰かに託すという方法もあったでしょう。15巻までを書き直すことなく、2-in-1の形で文庫にし、最後に原案川又千秋、執筆誰それという形で1冊付けて終わりにして欲しかった、それが実現しなかったことが悔しいです。
それと、小ネタですが、上巻中巻では零戦に「ゼロ」とルビがふってありましたが、この巻では「レイ」になっていました。やはりこだわっておられるようです。

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