2009/8/29

自殺の名所  スナップ

高島平団地の入居が開始されたのは昭和47年(1972年)1月のことだ。今から37年前のことである。
竣工当時、高島平団地は日本一、東洋一とも言われる規模で、「高島平」という地名はマンモス団地効果で一躍有名になった。

しかし、もう一つ高島平と言う名を有名にしたのが「飛び降り自殺」である。入居開始の昭和47年を皮切りに毎年、飛び降り自殺が発生した。昭和52年から自殺者が急増し、昭和55年には27人もの人が自ら命を絶っている。昭和61年には、日本一路線価が高いことで知られる銀座・鳩居堂の社長が飛び降り自殺し、各メディアで大きく取り上げられた。私も当時、その事がワイドショーで大きく取り上げられていたことを記憶している。

そんな事が長い間続き、いつしか高島平団地は「自殺の名所」のレッテルを貼られることとなった。
いまだに旅先でどこから来たのか訪ねられた時に、「高島平」と告げると、「ああ、あの自殺の…」と言われてしまう。

今から28年前の昭和56年9月、一部の棟を除いて高島平団地に自殺防止用のフェンスが張り巡らされた。それまで自由に行くことが出来た屋上への階段は閉鎖され、エレベーターの屋上ボタンも押せなくなってしまった。
自殺防止のためにはやむを得ないことではあるが、美観を大きく損ねてしまう事となったのも事実であり、これではまるで住民はカゴの鳥である。
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▲ちなみに廊下のフェンスのデザインには2種類ある事にお気づきであろうか?チューリップとひまわりである。ヒマワリ型の中央部は幅が広くなっており、確か非常時のために取り外しが出来たと記憶している。
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▲非常階段部には六角形の格子が取り付けられた。正に監獄のようである。
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▲最近は老朽化が進み、補強工事や改修工事などが各所で行われている。共用廊下は、先の自殺防止フェンスに加え、手すりやパイプ類、水はけマットなどが増設され、昼間でも薄暗い雰囲気を漂わせる。目に見える部分でも、もう少しイメージアップを図れないものだろうか。

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